チーム・マネジメント

有人宇宙の運用管制から、チームマネジメント、人間-機械システム、そしてヒューマンファクターズを考える

地球・生命にとって最も重要な要素 【水】

水五訓
一、自ら活動して他を動かしむるは水なり
一、障害に遭って激しくその勢力を百倍にして得るは水なり
一、常に己れの進路を求めてやまざるは水なり
一、自ら潔うして他の汚濁(おだく)を洗い、清濁(せいだく)併せ容れるは水なり
一、洋々として大海を満たし、発しては雲となり雨と変じ、凍って玲瓏(れいろう)たる氷雪と化す しかもその性失わざるは水なり


 人間は、数日食物を摂取できなくても生存を維持できますが、水の摂取が断たれれば生きてはいられません。人は成人で1日に180リットルほどの水を体内で使用しています。お風呂一杯分に相当する量です。それほどの大量な水を飲む必要はなく、体内で使用する大部分の水は、腎臓によって不純物をろ過して再利用されます。毎日飲むことや食事を通じて摂取する水の量は2.5リットルが目安とされています。

 水は人間の体内で様々な働きをしています。生命維持のために主な役割としては以下の4つがあげられます。一つの生命体として存在していますが、体外から空気や食物を取り入れて、体内の水を通じて身体の隅々まで行き渡らせます。代謝にて生成された老廃物は水に溶け込んで持ち出され、尿や便としてまとめて体外へ排出されます。

① 血液の主成分として酸素や栄養素を体内にくまなく運搬する。
② 老廃物を溶かし込み尿として体外へ排出する。
③ 体温を調節する。
④ 体液(細胞内液、細胞外液)の主要構成要素として細胞を機能させる。

 

 地球上では、大気の循環に従って雨として水が空から降ってきます。地上の生命は雨の恵みを受けて、生きるために必須な水を蓄えることができます。雨水が集まって、川となって滔々と流れ、地表に留まらずに地下に浸透します。湧き水として現れ、地下水として保水されます。地下水として汲みあげられる水は、地層によって異なりますが、数百年から数千年前に地表から地下へ浸透されてろ過された水です。

 人間の命よりも長い時を過ごした貴重な水が、ミネラルウォーターとして手軽に購入できることは驚くべきことなのかもしれません。しかしながら、地下へ浸透する水の量以上に地下水を使用すると地盤沈下を起こしてします。海洋における水の流れも、北大西洋北部や南極周辺海域で冷やされて重くなった水が沈み込み、海洋深層水となって世界を循環しています。一周するのに三千数百年をかけて移動している深層水を汲み上げて活用されています。

 

 水の惑星である地球には多くの水が存在していますが、塩水が97.5%で、淡水は2.5%しかありません。その淡水の中でも約70%は氷河や雪、氷の形で閉じ込められています。したがって、飲料水、農業用水、工業用水などで直接使用できる水は1%もありません。日本は水資源が豊富な国の一つであり、上水道の普及率も高く、水道の蛇口をひねれば飲料水が手に入ります。考えてみれば生きるのに恵まれた環境です。

 世界に視点を広げてみれば反対に水不足に苦しむ国々もあります。水を求めて離れた水源まで水汲みの重労働を虐げられたり、高額を支払って水を購入しなければならないこともあります。農業では、灌漑設備を整えて、散布用の水が必要になります。酪農・畜産においても、動物を飼育するために大量の水資源を使用します。工業では水は様々な用途で使用される資源であることは言うまでもありません。農作物、畜産物そして工業製品を輸入するということは、現地の貴重な水資源を消費していることにもなります。

 そう考えてみると、日本は技術力が高いだけではなく、環境が清潔で綺麗な水を入手できるため、高度で高品質な工業製品を製造できる能力があるのかもしれません。古(いにしえ)から日本酒を醸造できたのも、清く澄んだ水が湧き出ていたからです。

 水の再利用を図るためにも、水処理技術が重要になってきています。水と混ざっている不純物を取り除くため、ろ過によって固体物を分離します。水の利点でもありますが、様々なものを溶かしています。不純物を除去するため、酸化・還元反応が用いられます。酸化(oxidazation)とは、言葉の通りに酸素によって起こる物質の反応のことです。その可逆反応が還元(reduction, deoxidization)です。酸化によって、有機物を二酸化炭素(CO2:Carbon Dioxide)と水(H2O)に分解します。

 

 太陽系で一番多い元素は水素(H:Hydrogen)、次はヘリウム(He:Helium)であり、水素とヘリウムで元素の質量の99%を占めています。3番目に多いのが酸素(O:Oxygen)です。ただし、太陽系において太陽の占める部分が巨大すぎて、ほぼ太陽の組成比となります。地球の組成について、大気、陸、海に分けてまとめてみました。

 地球の大気を容積比で表すと、窒素(N:Nitrogen)が78%、酸素(O)が21%、アルゴン(Ar:Argon)が0.9%となります。水蒸気(Water Vapor)は場所と時間によって大きく変動して最大4%です。地球温暖化の原因となっている二酸化炭素(CO2)は上昇しており、18世紀の0.03%からまもなく0.04%に達する勢いです。

 地球の地殻は質量比で、酸素(O)が46%、ケイ素(Si:Silicon)が27%を占めます。そして、アルミニウム(Al:Aluminium)、鉄(Fe:Iron ラテン語"Ferrum")、カルシウム(Ca:Calcium)、ナトリウム(Na:Sodium, Natrium)、カリウム(K:Potassium)、マグネシウム(Mg:Magnesium)、チタン(Ti:Titanium)が含まれ、これまでの元素で99%を構成します。次が水素(H:Hydrogen)となりますが、軽いこともあって構成比0.14%です。炭素(C:Carbon)は0.03%に過ぎません。

 海水の成分は、水(H2O) 96.6%、塩分 3.4%から構成されます。この塩分として、塩化ナトリウム(NaCl:Sodium Chloride) 77.9%、塩化マグネシウム(MgCl2:Magnesium Chloride) 9.6%、硫酸マグネシウム(MgSO4:Magnesium Sulfate) 6.1%などが挙げられます。

 

 水分子(H2O)を構成できる水素(H)と酸素(O)は宇宙では多いことになりますが、地球では海に大部分(97.5%)が含まれています。宇宙で水がありふれた物質であるため、地球以外にも水の惑星が存在する可能性は十分にあります。

 水分子の奇妙な振る舞いによって、生命が育まれたこともあって興味深いです。水分子を構成する酸素原子が2つの水素原子の電子をかなり強く引きつけ、酸素原子はマイナスに、水素原子はプラスに帯電した状態になっています。そのことが水分子同士の結合を更に強くしています。この強い分子間力が働いているため、摂氏0度から100度の広範囲において、水が液体の状態を維持できます。

 私たちの身の回りで常温で液体となる物質は、水はもとより、油として食用油、石油やガソリン、そしてアルコールくらいです。金属では水銀(Hg:Mercury)が唯一の物質です。したがって、一般的に温度と圧力の狭い範囲において液体の状態になります。温度が低ければ固体となり(凝固)、温度が高くなると分子の活動が活発となって分子間力を振り切り、気体となります(蒸発)。

 

 水が凝固して氷に変わり、水が蒸発して水蒸気に変わる場合にも、奇妙な特性があります。氷を作るために水を冷やして熱を奪っていくと、水温が0度になって氷ができ始めるが0度から温度は下がりません。全て氷になってから0度以下に低下し始めます。見方を変えると、水から氷に転移すると潜んでいた熱を放出することになり、潜熱と呼ばれています。水の比熱(物質1グラムの温度を摂氏1度挙げるのに要する熱量)は1カロリーであるが、1グラムの水が凝固して放出する潜熱は約80カロリーとなり、思っているよりも大きいです。氷や雪がなかなか融けない原因もこの潜熱の大きさにあります。

 水から水蒸気に転移する場合にも潜熱があり、1グラムの水を蒸発するには約530カロリーの熱が必要です。1グラムの零度の水を100度に沸騰させるのに必要な熱量は100カロリーであり、それを蒸発させるには更に5倍の熱量が必要ということになります。水蒸気には大量な熱を潜んでいることになります。この潜熱が台風による破壊的な力を生み出すとも捉えることができます。

 化石燃料を燃やして二酸化炭素が増加して温暖化が進めば、北極・南極に閉じ込められていた氷河が溶けて、そして海水が蒸発して水蒸気になります。水蒸気も温室効果をもたらす温暖化ガスであり、小さな変化(二酸化炭素の濃度上昇)でも負のスパイラルに落ち込んで、ますます地球上の気温が上がり、水蒸気が増えて歯止めが効かないほど温度が上がります。最終的には地球上で生命は住めなくなります。


 もう一つ水の奇妙な特性として、氷が水に浮きます。グラスに氷水を入れて見慣れたことで、氷点下となった池や湖の水は表面だけが凍っています。水は4度で密度が最大となるからです(ただし、塩水は塩分が濃くなるほど密度が最大になる水温は低下します)。コップの中の対流実験を思い出してみると、冷たい水(重い水)が下層に溜まりますが、氷になると上層へ上がってきます。一般的に他の物質では固体のほうが重くなります。

 地球史において地球上が全て氷で覆われたことが2度あったことがわかっています。スノーボールアース(Snowball Earth) すなわち 雪玉地球 事件です。地球の表面が氷となっているため、太陽からの熱や光を宇宙へ跳ね返して地球の地表は温まらずに、凍てついた冷厳な銀世界が広がっていました。ますます地球は冷え切って生命も途絶えて、死する地球となるところでした。

 地球の中心では、高温を維持したマントル(Mantle)が存在し、火山活動も活発でした。海の上層は凍ってしまいましたが、地球が持つ熱によって海底には液体の水が取り残されました。そのために生命は生き抜いたとの説が有力となっています。生命を守ったのは氷が水に浮く特性があったからです。

 水の惑星は、生命に満ちた惑星になることもできますが、温まりすぎて水蒸気が多くなると高温で生命が生きられない星に、冷えすぎて氷に覆われれば生命が凍える星に変移してしまいます。現在の地球は、天の采配があったのか、生命に適した狭い領域に留まっています。両脇は崖であり、転げ落ちたら奈落の底に突き進んでしまいます。

 

Japan Looking From North to South

 

参考文献

  1. 「水」をかじる (ちくま新書)
  2. 生命の星の条件を探る
  3. 水リスク?大不足時代を勝ち抜く企業戦略
  4. 入門ビジュアルテクノロジー よくわかる水処理技術 (入門ビジュアル・テクノロジー)
  5. 謎解き・海洋と大気の物理―地球規模でおきる「流れ」のしくみ (ブルーバックス)
  6. 海はどうしてできたのか (ブルーバックス)

【惨事(Tragedy)】 ソユーズ1号事故

 1950年代から1970年代、覇権をかけて宇宙開発競争(Space Race)をアメリカ合衆国ソビエト連邦の間で繰り広げられました。第二次世界大戦において実戦配備したロケット技術をドイツ(ナチス)が保有していました。ドイツ敗戦後、ロケット技術を米国とソ連が引き継ぎました。ソ連はドイツ製ロケットV-2 (Vergeltungswaffe-2)を押収して、参考にしてロケットを開発しました。米国はV-2を開発したフォン・ブラウン(Wernher von Braun)を招き入れてロケット開発に従事させました。

 時代を遡(さかのぼ)りますが、ロケット技術の基礎を築いたのは、ロシアのコンスタンチン・ツォルコフスキー(Konstantin Tsiolkovskii)です。1898年には既に「ロケットによる宇宙探検」という書を著しています。大型ロケットは多段式が通常であり、積荷であるペイロード(Payload)を遠くへ運ぶためには、燃料を格納していた不要な構造を切り捨て、身軽になって更に加速していきます。増速量は噴射速度と質量比で表すことができ、ツィオルコフスキーの公式と呼ばれています(以前の記事)。

地球は人類のゆりかごである。しかし人類はゆりかごにいつまでも留まっていないだろう。
宇宙旅行の父 ツィオルコフスキー

 宇宙開発競争において、1957年 ソ連 人類初の人工衛星 スプートニク(Sputnik)、1958年 米国 人工衛星 エクスプローラー(Explore)、1961年 ソ連 ユーリー・ガガーリン(Yurii Gagarin)による人類初の宇宙飛行、1962年 米国 ジョン・グレン(John Glenn)の宇宙飛行(1998年 スペースシャトルで再び宇宙へ、2016年死去)などと続きました。その後、ソ連 ソユーズ(Soyuz)計画、米国 ジェミニ(Gemini)・アポロ(Apollo)計画が進められていきます。

 栄光の歴史を見ると光の部分が強調されてしまいますが、実際には生命を危険に晒して危機一髪だった事件も多く、あまり語り伝えられない影の部分もあります。1967年2月には、地上試験におけるアポロ1号火災によって3名が亡くなっています(以前の記事)。詳細について当初明らかにされていませんでしたが、1967年4月にソユーズ1号(Soyuz 1)が打上げられましたが、地球帰還時にウラジーミル・コマロフ(Vladimir Komarov)が死亡する最初の宇宙飛行中における事故が起きています。

 現在もソユーズ宇宙船の改良型は国際宇宙ステーション(ISS: International Space Station)への人員輸送にて活用されています。開発当初はソ連による有人月飛行計画のためにソユーズ宇宙船は製作されました。今日までにソユーズ宇宙船は135機打上げられていますが、ソユーズ1号(1967年)及びソユーズ11号(1971年)の事故以降、46年間に渡って死亡事故は起きていません(2017年11月現在)。

 ソユーズ11号では、帰還時に気密が保持できなかったため、3名の宇宙飛行士全員が亡くなっています。人類初の船外活動(EVA:Extra-Vehicular Activity)を行ったアレクセイ・レオーノフ(Alexey Leonov)さんの回想記によると、着陸船の通気孔に対する自動開閉システムが誤作動することが判明しており、ソユーズ11号クルーへ自動開閉システムに頼らず手動で開閉するように念を押して説明していました。しかしながら、定められた手順には明記していませんでした。大気圏に入る前に通気孔が空いてしまい、船内の空気が希薄となり、着陸船の中でドブロボルスキイ(Dobrovolskiy)、バトサエフ(Patsayev)、ボルコフ(Volkov)は窒息死して発見されました。

 ソユーズ1号に戻って、名前の通りソユーズ宇宙船の有人飛行1回目となります。カガーリンが乗り込んだ宇宙船は、ヴォストーク(Vostok)と呼ばれる1人乗りの宇宙船です。ソユーズ宇宙船には3人までの宇宙飛行士が搭乗できるように設計されました。ソユーズ1号打上げに先立ち、ソユーズ宇宙船を無人で打上げて飛行試験が実施されていましたが、失敗していたことが明らかになっています。宇宙船の底部が焼けたため、着陸船内が減圧する異常が起きています。

 ソ連体制下で打上げ日は決まっており、打上げ延期を主張できる者は誰もいませんでした。改修が必要な宇宙船の欠陥が203箇所も存在しており、ソユーズ1号に対して全ての処置が済んでいたとは思えません。コマロフもソユーズ1号に搭乗すれば自らの命が危ないことは知っていた可能性があります。しかし、コマロフのバックアップはガガーリンであり、彼が飛ばなければガガーリンに危害が及ぶことを恐れていました。ガガーリンは、コマロフの代わりに自らが乗れば、打上げは延期されるかもしれないと期待を抱いて、打上げを妨害しようとしていました。

 1967年4月23日、コマロフを乗せたソユーズ1号は、バイコヌール(Baikonur)宇宙基地から打ち上げられました。やはり、ソユーズ1号は様々な不具合に遭遇しました。2つある太陽光パドルの1つが働かず、電力不足で誘導コンピュータが正常に稼働しませんでした。ソユーズ1号の姿勢を安定できず(宇宙では支えがないために致命的です)、コマロフは姿勢制御スラスタを手動で操作して機体の回転を止めようとしました。

 ミッションは中止され、地球へ帰還作業が開始されました。ソユーズの帰還カプセル(着陸船)は球状でなく釣鐘状の形をしており、底の面を下向きにしなければなりません。姿勢を十分調整することができず、大気圏に再突入が始まりました。電離層を通過する際のブラックアウト(Blackout)でコマロフとの交信が途絶えました。その後でも異常は続き、補助パラシュートは開きましたが、メインパラシュートは格納庫から引き出せませんでした。バックアップとして予備パラシュートが開くはずでしたが、コードが絡まって引き出せませんでした。

 落下速度を減速することもできずコマロフを乗せたカプセルは、隕石が落下するように、秒速25 mで地面に叩きつけられました。その衝撃で逆推進ロケットが爆破して燃え尽き、高さ2 mのカプセルは70 cmにつぶれた金属の塊に変わっていました。米国の国家安全保障局(NSA:National Security Agency)が、ソユーズ1号と地上管制間の無線交信を傍受していたことが明らかになっています。コマロフが再突入前に、コマロフの妻とも話ができました。話の最後のほうでは、彼は泣き崩れていたとのことです。

 世界の中で最も安全と評価され、安定的に宇宙飛行士を宇宙に送り届け、地球に帰還させてきたソユーズ宇宙船にも、そんな苦い経験を乗り越えてきました。1968年10月25日にソユーズ2号が無人で打ち上げられ、翌日にゲオルギ・ベレゴヴォイ(Georgy Beregovoy)が搭乗したソユーズ3号が打ち上げられました。ベレゴヴォイは、ソユーズ2号とドッキングはできませんでしたが1 mの距離までランデブー(Rendezvous)して、無事地球に帰還しました。

 

Our Soyuz MS-05 as seen from the Space Station

 

参考文献

  1. ガガーリン ----世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で
  2. アポロとソユーズ―米ソ宇宙飛行士が明かした開発レースの真実
  3. 宇宙への道 (1961年) (ポケット・ライブラリ)

 

システムは管制官の頭脳の中にある 【システムハンドブック】

 宇宙機(Spacecraft)を運用するということは、手元にない見えないシステムを理解し、システムの挙動を想像して、指令・コマンド(Command)を送り、その反応を遠隔データ・テレメトリ(Telemetry)から判断する必要があります。そのようなシステム運用の担い手が管制官(Flight Controller)です。

 無線通信を用いたデータ伝送の大容量化が進んでいるとはいえ、入手できるテレメトリには限りがあります(以前の記事)。その限定されたテレメトリからシステムの状態を理解して、異常が発生していないことを確認する必要があります。一点のデータのみでは判りませんが、時系列にならべてトレンドの変化を捉えたり、他のデータと比較して相関がないかを評価して、現状を把握します。例えば、日照になれば構体の温度が上昇しますし、日陰に入れば低下します。制限値を超えて低下するならば保温ヒータが故障しているのかもしれません。

 制限値を超えたならばアラームが鳴るように設定しておけば、異常値になったことを気付くことはできます。その後、限られたテレメトリを参照して、問題点を識別し 、その影響が他へ波及しないように処置しなければなりません。異常個所・不具合内容を確実に知ることができれば、対処手順を流すだけであり、自動的に機械でも実施できるかもしれません。実際には、不確実な情報、推測される事象、未知の状況などから正しく判断するため、システムへの理解が欠かせません。

 

 航空機や人工衛星といった民生品ならば、マニュアルが作成・整備されており、訓練を通じて最低限のシステムを理解することができます。航空機のパイロット向けのように、訓練がシステム化されていれば訓練効率は良いかもしれません。しかし、大規模な訓練カリキュラム・シミュレータを整備して、インストラクターも養成しなければなりません。少数の管制官を対象とした訓練に適用することは困難です。

 世界に唯一となるシステムであり、国際または国家プロジェクトでなければ、訓練組織を立ち上げることはコストに見合わず躊躇してしまいます。システムを理解するためには、ハードウェアならば設計図や仕様を確認したり、ソフトウェアならば機能を知る必要があります。ただし、システム開発に必要な設計情報とシステムを運用する上で必要な参照情報や運用データは異なります。

 有人宇宙においてシステムの知識を習得するにあたり、人間の記憶で全てを覚えておくことはできないため、様々な設計情報、制約やデータを1つの資料に整理していきます。その資料の呼び名は、運用マニュアル(Operation Manual)、システムマニュアル(System Manual)、システムハンドブック(System Handbook)などと呼ばれますが、ここではシステムハンドブックとの用語を用います。システム運用において、各自常に携帯して、必要な時に直ぐ参照できるように準備しています。

 

 システムの設計段階では、仕様書や設計審査会の資料などのレビューを通じて、システムを理解しやすい図面や説明などがあったら、システムハンドブック(案)のファイルに綴じておきます。設計上で解決すべき問題が発生した場合、いずれの解決案を取ったとしてもシステム制約として残る可能性があります。それに対する検討内容を保存しておいても良いかもしれません。

 製造段階となればハードウェアが組み合ってきます。打ち上げ後には2度と見ることはできないので、機会を見つけて可能な限り写真を取っておくべきです。デジカメならば記憶媒体やサーバに大量の写真データを保存しておく必要があります。ただし、写真データを整理して、いつ何処で何を取ったのかを記録しなければならなく、それなりの作業時間が取られてしまいます。後日不具合が発生した場合、大変に参考となる情報になります。

 試験段階では、ハードウェアとソフトウェアも統合され、仕様として定められている機能・性能を発揮できることの検証がなされます。検証されていない機能は使えないし、当初の性能が出せていなければシステム全体にも影響がでます。試験で不可であったことは、実環境においても力を発揮することは当然無理です。試験ではシステムの実力値を知ることができ、試験データは貴重です。また、試験で使用した手順は実機に使用する運用手順の源泉として活用できます(以前の記事)。

 

 システムの運用段階に移行する前に、収集した資料やデータをまとめる時間が必要となります。開発が進むにつれて設計変更されたかもしれないため、設計情報は最新であることも照合すべきです。そして、分かりやすい説明でシステムを解説をします(System Description)。そのため、設計図面を簡素化して線図(Diagram, Drawing)を作図したり、特徴的な写真を掲載したりします。ソフトウェアで実現されている機能を解説するのは、概念的な説明が多くなるため、文書力が試されるかもしれません。

 システムハンドブックを書き上げた管制官ならば、システムとして捉えて深く理解しているため、自分が取ったアクションによって、システムがどのように駆動するかを把握できます。異常なデータを参照しただけで、システムのどの部分に問題が発生しているのか、早急に対処すべきであるまたはモニタを続けるのかを判断できます。そのような高い域に到達すれば、実際のシステムと同等なものが管制官の頭脳の中に存在しています。

 複雑かつ大規模なシステムならば、1人だけの力でシステムハンドブックを仕上げることは間に合わないため、チームとして分担して仕上げることになります。通信系、電力系、データ処理系などのサブシステムに分割してハンドブックを構成することが多いです。書き上げた人はそのサブシステム分野の専門家となっているため、チームメンバーによる文書レビューや勉強会などを通じて、チームとしてシステム理解を深めることができます。

 日常にある様々なシステムが複雑かつ大規模となってきており、我々の取り組み方が参考になればと思い、システムハンドブックについて語ってみました。

 

iss020e041289

 
参考文献

  1. Failure Is Not an Option: Mission Control From Mercury to Apollo 13 and Beyond
  2. デジタルアポロ ―月を目指せ 人と機械の挑戦―