チーム・マネジメント

有人宇宙の運用管制から、チームマネジメント、人間-機械システム、そしてヒューマンファクターズを考える

情報通信技術(ICT)における技術革新を再考してみると 【知能】

 正しいプログラミング(またはコード)を書いてあげれば、コンピュータは人間以上に正確に単調な計算も処理することができます。プログラマ(人間)が指示したことを実行するため、間違えること(バグ)も指示した通りに実行されます。IT(Information Technology)を用いて、情報処理システムを構築すれば、人間が間違えながら行ってきた作業をコンピュータが処理してくれます。それは正しい理解ですが、20年前でも実現されていました。

 機械が人間にとって代わるのに反抗して、英国で熟練手工業者が機械を壊すラダイト(Luddite)運動がありました。業務効率化が進み、単調労働者は削減しましたが、機械を製作・保守する技術者、工場の設計者や監理者などの職業は増えました。ITにおいても、ペーパーワークを主に行ってきた事務員は削減されましたが、システム設計者・プログラマなどは増加してきました。

 そして世界隅々までインターネットで結ばれて常時接続・大容量のデータ通信が可能となりました。スマートフォンの所有者も増えて、日本におけるインターネットの普及率は83%となっています。家庭にもAIスピーカが入り込んできました。ネットワークを用いて、人間が発した声を音声認識以前の記事)を文字メッセージへ変換し、スマートフォン更にはIOT(Internet of Things)で接続された機器を操作できるようになり、質問と判断すれば膨大なネットワークから必要な情報を抽出できます。人間とのデータやり取りを行うヒューマンインタフェースが革新されています。

 

 資本の囲い込み(enclosure)から情報の囲い込みが富を生むようにもなり、クラウドサービス(Cloud Service)が広がって、大手のデータセンター(Data Center)では様々なデータや情報を保有して処理するまでになっています。アマゾン(Amazon)、グーグル(Goggle)、アップル(Apple)、フェースブック(Facebook)は、スケールメリットを活かして世界中の情報を収集しています。規模は小さいながらも日本の会社として、楽天(Rakuten)、はてな(Hatena)やライン(LINE)などがあげられます。

 予測できなかった世界に向かっているのも、ムーア(Moore)の法則に従うように、半導体チップに集積されるトランジスターの数が18ヶ月で倍増してきたからです。処理速度、記録データ量も倍増して、大容量のデータを扱えるようになりました。半導体を微細化する技術は壁に突き当たり、ムーアの法則も終焉を迎えると言われていますが、量子力学を動作原理とする量子コンピュータ(Quantum Computer)によってブレークスルーされそうです。

 技術革新を受けて将来は何ができるようになるかについて考察してみると、注目されているのは人工知能(AI: Artifical Intelligence)です。人工知能と言うと、人間に匹敵して更にそれ以上の能力を持つものを生みだしているように、幻惑されてしまいます。冷静に発達してきている技術を見てみると、パターン認識(pattern recognition)と機械学習(machine learning)が実用できるようになってきました。

 

 パターン認識とは、文字・図形など空間的なものの形の特徴を抽出・判別し、これを属すべきカテゴリーに対応づけることです。パターン認識はコンピュータには不可能な人間特有の能力と考えられてきました。以前から、光学的文字読取(OCR: Optical Character Recognition)として、印刷された書類から文字を抽出することは試されてきました。ただし、手書きの文字を認識させることはまだ難しいです。スマートフォンAIスピーカーで活用されている音声認識パターン認識の1つです。

 数年前にコンピュータが大量の画像から猫を認識できるようになったことがニュースになりましたが、今日ではパソコンやスマホでも写真から人物を区別できる機能が付加されています。最新技術を導入した防犯カメラでは、画像から犯人や容疑者が写っていないか監視しています。防犯・セキュリティは向上していますが、街中の至る所で防犯カメラが設置されています。全てのカメラ映像が解析されてしまえば、誰が何処で何をしていたかを追跡できてしまい、まさに監視社会になってきているとも思えます。

 プロ囲碁棋士を打ち破ったアルファ碁(Alpha Go)は、囲碁盤の状況を画像として認識して、パターン認識から現状の状況を点数化していると聞きました。全ての事象は画像化されてしまえば、コンピュータによってパターン認識が可能になるとも解釈できます。ネット上ならば全てのことがデータ化されているかもしれませんが、現実の人間社会ではデータに変換できないことも多いです(以前の記事)。

 

 機械学習の進歩が技術進化のスピードを劇的に加速させました。以前では人間が全てを指示しなければコンピュータは動きませんでしたが、自ら学習して仕事ができるようになってきました。大量なデータや情報を与えておけば、コンピュータは自ら調整して最も良い解を出力するようになりました。音声認識でも、初めて公開された時は誤認識が多くて使い物になりませんでしたが、日々実行される大量な音声認識を通じて学習して、認識精度が向上しています。

 機械学習の中で注目されているのは『深層学習(ディープラーニング Deep Learning)』でしょう。現在のコンピュータは、ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann)が考案したノイマン型であり、ソフトウェアをメモリに格納するプログラムを内蔵し、プログラムから命令を順次読み出して実行する逐次制御が実行されています。非ノイマン型として、古くからニューラルネットワーク(Neural Network)の研究が進められ、人間の脳内の神経回路網をモデルにしたコンピュータがあります。深層学習はニューラルネットワークを多層に発展させてきたものです。

 深層学習では、学習段階における人間の関与を大幅に少なくさせることが利点となっています。機械学習を進めるに当たり、様々な手法が提案されています。その中で『ドロップアウト(Dropout)』と呼ばれる手法は記憶とは何かという点でも示唆を与えてくれます。機械学習を進めるとコンピュータは丸暗記をしようとし、完全に一致しない(些細な違いでも)データは間違いと判断してしまいます。そこで一部のデータを欠損させて、記憶を曖昧にすることによって特徴が抽出されることがわかってきました。忘れることは人間の欠点(以前の記事)ですが、それが強みになるのかもしれません。

 アルファ碁は、以前のバージョンとチューニングアップしたバージョンで囲碁を戦わせて、勝った方を残すことによって自ら進化していきます。それを繰り返す遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm)と呼ばれる手法です。人間では体験できないほど、大量の対局をこなしたコンピュータならば人間を凌駕しても不思議ではないです。


 最近AIについて話題となることは多いですが、これまで考察してきたようにパターン認識機械学習の技術進歩は進みました。人間に代わる究極な汎用人工知能の登場は現状の技術では難しいのではないでしょう。人間の知能を超えるシンギュラリティ(Singularity)の到来は? ある狭い分野ならば既に人間を超えていますし、知能が高いだけでは何もできなのかもしれません。

 知識についてこれまで考察したこと以前の記事)はありますが、そもそも「知恵・智慧」「知能」「知性」とは何なのでしょうか? 智慧と書くと仏教が語源となりますが、物事の道理を理解し、是非・善悪を判断する心のはたらきを示します。知を通じて理解して判断するためには、事実を認識して、そのことを解釈する必要があります。事実は変わらないとしても、理解する人によったり、社会・時代によっても解釈は変わってきます。

 自然現象として、太陽は東の地平線から昇り、西の地平線へ沈んでいくように思われます。ただし、天動説または地動説として解釈することによって、認識は変わってきます。このように事実は不変であっても、解釈が変わってくれば、人が持つ知恵(wisdom)は移ろい変わるものなのかもしれません。

 知を体系化したものが知識(knowleage)とすると、知能(Intelligence)は何者なのか? 辞書を確認してみると「知識の蓄積や物事を判断する能力、環境に適応して新しい問題状況に対処する知的機能・能力」とあります。日常でも知能を使っていると感じるのは、問題の解決策を検討、新しい分野の研究、経済やビジネスにおける戦略を練ることなどです。知能を「目的に向かう道を探す能力」と捉えれば、アルファ碁は囲碁に勝つという目的に対しては、知能が高いということになります。目的が変わって将棋に勝つとなれば役に立ちません。

 そして知性(Intellect)となれば、「感覚によって得られた物事を認識・判断し、思考によって新しい認識を生みだす精神の働き」となります。新しい認識を生みだすとすれば、知性は「目的を設計できる能力」と理解して良いかもしれません。 現状のAIは目的を達成することはできるが、自ら目的を設定することはできなく、人間にしか目的を示すことはできないのかもしれません。我々が知性を磨けばAIを使いこなすことができ、AIも最新な道具の一つにしかならないのかもしれません。

 

人間が高等霊長類と本当に違うのは道具をつくるところだ。さまざまな生物の移動効率を比較した研究を目にした。その研究によればもっとも少ないエネルギーで1kmを移動できるのはコンドルだという。一方、人間の移動効率はランク順に並べたリストの上から3分の1ほどであった。だが、サイエンティフィック・アメリカン誌にユニークなことを考える人がいて、自転車に乗った人間の移動効率を検証してみた。すると、自転車に乗った人間は、コンドルに圧勝した。一気にリストのトップに躍り出たんだ。私にとってコンピュータとは、この自転車のようなものだと言っていい。人間が生み出したもっとも画期的なツール、いわば知性のための自転車だ。 スティーブ・ジョブズ (Steve Jobs)

 

Robonaut 2

 

参考文献

  1. 人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?―――最強の将棋AIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質
  2. 人工知能の核心 (NHK出版新書 511)
  3. クラウドを実現する技術
  4. しらずしらず――あなたの9割を支配する「無意識」を科学する
  5. 問題解決のジレンマ: イグノランスマネジメント:無知の力
  6. AI時代の勝者と敗者



生命を実体化させる力 そして 継承 【遺伝子】

 原始の生命が彗星に乗って地球に到来したことについて述べました(以前の記事)。生命とは何であるかという問いについて明確な定義はありません。ジョイス(Joyce)の定義、コシュランド(Koshland)の定式化などが提唱されています。事実が物語っているのは、生命は、遺伝子(Gene)という情報が受け継ぎ、環境に応じて進化してきました。

 人類としてホモ・ハビリスが石器を使用していたことを示す証拠は約230万年前に確認されています。地球の歴史からみれば最近のことであり、植物そして動物が絶え間なく進化してきたことがわかってきています。9億年まで遡れば単細胞生物(ウィルスなど)の時代であり、その後に多細胞生物、植物や動物が地球上に登場してきました。約5億年前のカンブリア爆発(Cambrian Explosion)において現在の地球上生物の祖先が一斉に現れて多様化しました。

 

 分子という観点から見ると、地球上に存在するあらゆる生物は、基本的な化学物質は同一で変わりません。遺伝子(Gene)を構成している核酸は、一つの糖類、アデニン(A:adenine)・シトシン(C:cytosine)・グアニン(G:guanin)・チミン(T:thymin)又はウラシル(U:uracil)という4つの塩基、リン酸塩から作り出されています。人間も含めて地球上生物は同一物質の遺伝子を持っています。これらの物質配列の違いだけで、多様な生命が生み出されていることは驚くべきことです。

 DNAとして知られているデオキシリボ核酸(DeoxyriboNucleic Acid)は、4つの塩基 A、C、G、Tから二重らせん状に構成されています。AはTと、GはCと結合するので、この組み合わせでDNAは二重らせんとなります。DNAの遺伝情報は複写されて、RNA(RiboNucleic Acid)というリボ核酸に一時的に写し取られます。DNAのACGTのうちでTはUで置き換えられるため、RNAではACGUの4文字で遺伝情報が複写されます。DNAはニ重らせんですが、RNAは一本鎖となっています。

 RNAに複写された遺伝情報はアミノ酸(Amino Acid)の並び順に翻訳されます。アミノ酸が結合してタンパク質(Protein)を構成します。このように遺伝情報が実体のあるタンパク質の構成そして配列を決めます。遺伝子から細胞そして生物の身体が作り出されます。ここでDNAの全てではなくて一部のみがRNAへ転写されます。その部分に応じたアミノ酸配列となり、タンバク質は独特の立体構造を作り出し、独特の機能を持つことになります。基本となるアミノ酸は20種類です。

 

 1本の二重らせんDNAが複製されて、2本の二重らせんDNAへ分裂します。それに伴って2つの細胞に分配されます。日々、私たちの体内でも行われていることですが、複製したDNAに誤りがないかを校正されています。誤りが生じるとガン細胞にとなるかもしれません。

 人間も最初は1個の受精卵から誕生し、細胞分裂を繰り返して、身体をつくり上げます。人間の身体は60兆個の細胞から構成されていると言われます。全ての細胞には同じ遺伝情報を持っていますが、DNAのどの部分が複写されるかによって、身体の組織や臓器が生成される違いがでてきます。人間には約10万種類のタンパク質があると言われ、肌や毛髪、筋肉や骨、内臓などはタンパク質によって形作っています。

 

 同じDNAから一部のみがRNAへ転写されることによって、多様な実体が作り出されます。細胞は分裂して筋肉やある臓器になることを記憶していると考えられています。例えば、心臓で他の臓器の細胞が生成されたら怖い気がします。遺伝子とそれがもたらす形質との研究をエピジェネティクス(Epigenetics)と呼ばれており、生物は発生過程で徐々に形成されていくという後成説(epigenesis)を語源に持ちます。

 エピジェネティクス研究が進められ、DNAのうちで活発に発現する部分と眠ってしまう部分が固定されてくるメカニズムが分かってきています。この固定化が解除されて、受精卵のような初期状態に戻すことができたらどうなるでしょうか? クローン(clone)が生み出されてしまいます。クローンのカエル、ハツカネズミ そして 羊が誕生しています。

 哺乳類の体細胞から初期状態に戻すことは困難なことですが、ニュース等に再生医療が取り上げられ、様々な器官を生成できる万能細胞へ変える方法が生み出されました。京都大学 山中仲弥教授が確立したiPS細胞(induced pluripotent steam cells)を用いると、どの組織や臓器に分化することを操作できます。

 

 長い年月をかけて遺伝子を変化させて生物は進化してきました。ダーウィン(Charles Robert Darwin)が提唱した自然選択説に従ってきたのかもしれません。ダーウィンが著名な『種の起源』の前作には以下のように説明されています。

「生存可能な数よりも多くの子孫がそれぞれの種から生まれる。そのため、生存のための競争が頻繁に繰り返される。その結果、複雑な時々変化する生存条件の中で、もしほんの少しでも何らかの点で有利であるような個体があると、その個体にはわり大きな生存の機会が生じ、その結果、その個体は自然によって選択されることになる。強力な遺伝の仕組みにより、選択された個体の持つ変化した新しい性質は広がっていくことになる。」 イギリス博物学者 ダーウィン

 突然変異によって急に超人的な種(Mutant)が誕生するのだろうか? 遺伝子による進化では可能性はゼロに近いのではないでしょうか。一部の遺伝子が損傷していれば、生命力が宿った生物として生き残ることはできません。個体の寿命からみれば永遠に感じる数万〜数億年の年月を経て、徐々に一部が進化または退化を繰り返して種が変化してきました。その変異は目に見えないほどに静かです。地球上で繁栄を誇る有力な種が変わるのは、地球の環境変化かもしれません。例として、恐竜から哺乳類への交代は想像しやすいです。

 

 遺伝子による進化は長い年月が経る必要がありますが、人間は知恵を積み重ねて進化してきました。火の利用、石やりの制作、農作、灌漑、文字・記号、蒸気力、電気・通信などなどを発明してきました。イスラエル歴史学者 ユヴァル・ノア・ハラリ(英: Yuval Noah Harari)が著作した『サピエンス全史』を読むと新たな発見があります(私は全部読み終わっていません)。遺伝子による進化のサイクルが、知恵の進歩のサイクルへと変わり、変化のスピードが劇的に早くなってきています。

 技術や社会が進歩してきても、人間の基本的な構成は変化していません。技術の進歩に伴って、生活が便利になり、人間の能力は退化してきているような気もします。その退化が徐々に遺伝子に反映されないように、超長期的な視野で考えていくことが必要なのかもしれません。

 

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参考文献

  1. 彗星パンスペルミア
  2. アストロバイオロジー―地球外生命体の可能性
  3. 教養としての生命科学 いのち・ヒト・社会を考える
  4. 新版 絵でわかるゲノム・遺伝子・DNA (KS絵でわかるシリーズ)
  5. トコトンやさしいアミノ酸の本 (今日からモノ知りシリーズ)
  6. エピゲノムと生命 (ブルーバックス)
  7. 種の起源(上) (光文社古典新訳文庫)
  8. サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

あの時に止めることができたのか? 完全なる人災 【JCO事故】

 人間が関与する大規模のシステムを見続けて、最も衝撃的な事故は福島第一原子力発電所事故です。教訓は将来に渡って引き継がれなければなりませんが、戦争や震災などの記憶と同様に薄れて忘れて、再び悲劇が生まれてしまいます。

 福島第一原子力発電所事故が起きる以前では、原子力発電は安全なものとして信じて疑いもしませんでした。私も技術者として、原子力発電のことをあまり理解せずに、安全神話だけを頼りに信じ込んでいました。核廃棄物の処理に関する廃棄問題は認識していましたが、恥ずかしいことに、国会で津波対策が不十分であることが議論されたことも知りませんでした。

 日本において原子力事故は最初ではありません。1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工会社JCOにおいてウラン溶液を製造する作業中に臨界事故(連鎖的な核分裂反応が発生する事故)が発生しています。当時私は米国へ出張中で、現地のニュースでも臨界事故は大きく扱われていました。それと対照的に、日本では同僚が何も起きていないように仕事に追われており、真実が何であるのかわからなくなりました。情報規制があったのかはわかりませんが、大きく報道されていれば、2011年以前に安全神話を壊す機会だったのかもしれません。

 

 臨界反応は、連鎖的な核分裂反応が発生させることであり、原子力発電や核爆弾の基礎となるメカニズムです(以前の記事)。臨界反応を制御できれば(途中で止めることができれば)、発生した熱を発電に活用できます。しかし、暴走させてしまえば、原子力事故そして核爆弾となります。

 当時JCOは、高速増殖研究炉「常陽」で使用される核燃料の製造を請け負っており、製造作業中の10時35分頃に臨界状態となり、中性子線を建物の外にも放出し始めました。東海村では住民の退避が開始されました。当事者のJCOは事故対応をしておらず、更に核反応は暴走して核爆弾となるところでした。国から強制作業命令が出された後、冷却水を抜き、ホウ酸を投入して中性子線を吸収させて、連鎖反応を止めました。事故が収束したのは、臨界状態の開始から20時間後の10月1日の6時30分頃だったとの報告があります。

 この事故で、作業員3名中、2名が死亡して、1名が重症となりました。被曝者は667名にもなっています。国際原子力事象評価尺度(INES: International Nuclear Event Scale)でレベル4(事業所外への大きなリスクを伴わない)と識別されています。周辺住民も中性子線等の被曝をしており、事業所外へリスクを伴っているので、スリーマイル島原子力発電所事故と同じレベル5と識別されてもおかしくないです。レベル5と認知されれば福島第一事故は止められていたかもと思ってしまいます。福島第一はチェルノブイリと同じ最大レベル7(深刻な事故)に識別されています。

 

 臨界事故に陥った経緯の調査結果について、参考文献1に報告が記載されています。安全審査が骨抜きになったことが明らかにされています。原発再稼働に向けた安全審査において臨界事故の教訓は生きているのでしょうか。

 JCOが新たに核燃料の製造を請け負うことになりましたが、これまで使用していた転換試験棟は「誤操作等により臨界事故の発生するおそれのある核燃料施設」として許可を得ていませんでした。安全対策よりも納期(利益)を優先させて、臨界事故は起こり得ないと決めて、臨界事故を評価せず、臨界事故に対する適切な対策が講じないで製造が進められました。

 JCOが提出した申請書では、臨界事故は起こりえない、臨界事故の対策も講じる必要はない。日本の原発では、過酷事故(Severe Accident)は起こり得ない、過酷事故の対策は必要ないし講じる必要もない。まさに安全神話そのものです。

 

 臨界事故が発生しない施設と説明するため、確かに内部規制を設けて、臨界状態にならないように管理しようとしていました。その安全を確保するために必須な規制は、実務的に効率性が悪く、徐々に改悪されて、無効なものとして葬されてしまいました。

 その規制は、質量制約と形状制約から構成されていました。以前の記事でも解説しましたが、ウランなどの放射性物質は臨界量と呼ばれる一定以上の質量がなければ臨界状態になりません。そのため、一度に取り扱う量を制限すれば臨界事故は起こりえません(質量制約)。核反応によって生成された中性子放射性物質にぶつかり、連鎖的に核反応が広がっていき、臨界に達します。中性子が外部へ逃げる構造ならば臨界は生じません。したがって、ウランなどを混ぜる溶解塔を中性子が逃けやすい細長い形にしていました(形状制約)。

 質量制約を課すため、1回あたりに取り扱える作業量(バッチ)が完了するまで、次のバッチを入れる作業を行わない「一バッチ縛り」を設けていました。作業効率は低下するため、バッチを測れる専用の器具を使わず、ステンレスのしゃもじのようなものを用いるようになりました。形状制約のための溶解塔を使わずステンレスのバケツを用いて、手作業で撹拌していました。

 

 安全性を無視して、経済性を重視というより、目先の利益だけを見て、違法な工程変更がなされました。「改善提案」運動の一環して、一連の工程変更は、JCOの会議にて報告され、決定されていたことも議事録などから明らかになってきました。組織としての考え方が安全軽視となっていたことがわかります。

 国の安全審査においても臨界事故に対する懸念も表明されたようですが、外部の第三者による評価が不十分というよりは、「原子村」出身以外の安全審査官が少なかったため、不許可または審査の差し戻しはされませんでした。

 技術的な面も、マネジメントの面も、プロフェショナルな対応とは思えず、お粗末としか思えません。現場そして管理組織が共倒れとなり、高い安全性を保たなければならないシステムが崩壊しました。そして、市街で暴走した核施設が核爆弾と化すところでした。それは免れましたが、12年後、安全と思われていた我が国で再び核施設が暴走しました。

 

臨界!!

 

参考文献

  1. 臨界事故 隠されてきた深層―揺らぐ「国策」を問いなおす (岩波ブックレット)
  2. ヒューマン・エラー学の視点―想定外の罠から脱却するために
  3. 会議を制する心理学 (中公新書ラクレ)