チームをまとめ上げて指揮する力 【ミッション管制】
指揮官は必要であるのか? 階層が少ないフラットな組織に移行してきました。実現できるのは情報通信技術(ICT)の進歩によって、リーダーから多くのフォロワーへ情報連絡が可能となり、事務手続きが紙媒体の申請書から電子的に処理できるようになってきたことも一因と考えます。実際に効率化と称して中間管理職を削減してきた組織もあると思われます。究極的にトップもおらずメンバーだけで構成される組織は成り立つのでしょうか?
多くの専門家から構成される組織は管弦楽を演奏するオーケストラに似ています。様々な楽器を演奏する楽団員を指揮者が束ねています。それでは、オーケストラから指揮者を追放してしまったらどうなるのか? その様子をフェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)が監督した映画「オーケストラ・リハーサル」で描いています。
ある客員指揮者がオーケストラのリハーサルに訪れる。だが、団員たちはけんか腰で迎え、「おれたちに演奏のやり方を教えるだなんて、あんたいったい何様のつもりだ?」と突っかかってくる。こっちはこの曲をもう千回も演奏してきたんだ! あんたの指図どおりじゃなく好きなようにやらせてくれたら、出来栄えもぐんとよくなるさ。芸術ってのは自由な創造力によって高められていくんじゃないのか? 権威を振りかざす指揮者は表現の自由を抑えつけているんじゃないのかい?
かくして団員たちは指揮者に反旗をひるがえし、ステージから追い払ってしまう。ついに自由を勝ち取ったのだ!
ところがいざ自分たちだけでリハーサルに取りかかってみると、まったく収拾がつかず、まもなく団員同士が殴り合いまで始める始末となる。怪我人が出て、楽器も壊される。ついに団員たちは指揮者に戻ってきてほしいと泣きつく。今度ばかりは、指揮者がドイツ語で曲調の指示を与えても、誰ひとり与太を飛ばす者などいなかった。
ニュースとなっている話題を聞いていても、民主主義の国家でも、取締会が仕切る会社でも、議員や取締役が好き勝手に言い合い、同様な無秩序状態となり、何もできず、膠着して進まない状況に陥っています。民主主義には強者の論理である多数決による問題点(以前の記事)を抱えており、英国元首相ウィンストン・チャーチル(Winton Churchill)は「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが。」と述べています。
有人宇宙を指揮してきたミッション管制(Mission Control)においても、管制室にぞれぞれの分野・サブシステムの専門家が集結して、その先鋭達をチームとしてまとめていくのが、指揮官であるフライトディレクター(Flight Director)です。宇宙機の速度は8 km/s。一瞬の判断ミスが致命傷になりかけない。可能な限り、異常時の対応を手順や規則に書き出しおきますが、瞬時で適切に活用できるかは管制官の腕にかかっています。そのため、実際の運用の前にシミュレーションにて何度も何度も演習を積んで、チームとしての能力も高めていきます。
機械やコンピュータが幾ら能力を向上しようと、目標となるミッションを達成するのは人々です。ミッションを生み出して、真剣に悩んで選択し、懸命に実行に移せるのは人間だけです。ミッション設計では、人の情熱と熱意によってミッションが定義され、周りの人々を巻き込んで、メンバーのやる気という炎を点火できなければなりません。ミッションを達成するため、リーダーは、自らの信念を込めてぶれずに、進む道を示し続けなければなりません。
有人宇宙におけるミッションには、夢を追い求めて人々が集結しており、やはり指揮する者が必要となります。人が一人でできることはほんの少しであり、チームとして構成して指揮しなければ、偉業を成し遂げることはできません。地球上の人間には平等に1日24時間が与えられています。ぶっ続けに24時間働くことはできず、一人には限界があります。チームとして機能するため、メンバーに求められる資質について、ミッション管制の設立趣旨に掲げられています(以前の記事)。
一人でマーキュリー管制室を歩いていると、航空機と対面している時と同じことを感じた。最終的には家にいるようだ。テレメトリ、通信、画面表示の領域は、ホロマン空軍基地にある施設のようだ。しかし、管制室それ自体に対応するものは無い。
この部屋は各辺が約60フィート(18メートル)の四角形で、前面には世界地図が占めている。その地図には、円形が連続して並び、雄牛の目のような場所は世界中に繋がった追跡局のネットワークを示している。それぞれの下には、多くの違った未定義で理解できない記号が表示される箱がある。おもちゃのような宇宙機モデルは、針金によって吊るされ、軌跡を描いて地図上を動く。子供が計算を教わるためのアバカス(abacus)のように、16個ある厳密な計測がスライドするビー ズによって示される板が地図のそれぞれ側に設置されている。世界を廻るカプセルのように針金によって上下する。4年が経ってこの技術は古くなったが、ミッション管制のコンセプトは残っている。
計器類やコンソール画面は、最終的にはコンピュータに連動するテレビ画面に置き換えられ、実際の宇宙機データを即時に管制官が参照できるようになった。デジタルシステムによって、宇宙システムを地上から制御することも可能になった。あらゆる飛行の目的を成し遂げるため、宇宙機のクルーと共に協調して、地上の管制官が作業できるようになった。しかしながら、まだそこまで到達しておらず、現状では、我々は、貧弱な通信、第一世代のソリッドステートコンピュータ、計算尺、度胸でミッションを管制しなければならなかった。我々は、宇宙飛行においてリンドバーグの段階にいた。
ジーン・クランツ(Gene Kranz)
有人宇宙ミッションにおいてクルーの生存を守る最後の砦がミッション管制です。その意思、その熱い思いは、人から人へでないと伝わらないです。
参考文献
新たなことを生み出す力【イノベーション】
イノベーションの機会は通常、現場に近いところで見出される。それは、計画屋が対象とする膨大な総体ではなく、そこから逸脱したもののなかに見出される。予期せぬ成功や失敗、ギャップ、ニーズ、「半分入っている」から「半分空である」への認識の変化に見出される。それから逸脱したものが計画屋の目にとまるようになったころには、もう遅い。イノベーションの機会は、暴風雨のようにではなくそよ風のように来て、去る。 ピーター・ドラッカー
イノベーション(Innovation)とは、意味として「これまでとは異なった新しい発展、革新、新機軸」となりますが、重要だから獲得しようと意気込んでも上手くいきません。成熟した社会において、イノベーションと聞くと凄いもので、希少なものという認識を抱かされます。確かにイノベーションを先取りできれば、市場や競争等において有利な立場に立てるでしょう。先見性には、挑戦する力や意志が必要であり、失敗した時に許容できる寛容さも求められます。
イノベーションを象徴するものとしてアップル社のiPhone(日本においてiPhoneの商標権は既にアイホン株式会社が取得しており、アップルは使用許諾を得ています。)があげられます。製品としてのiPhone自体には、最新技術は盛り込まれていましたが、電話、タッチパネル、カメラ、インターネット接続などの機能を持つ同様な製品は他でもありました。
イノベーションとは、既存の製品に新しい用途を見つけることである。イヌイットに食物の凍結防止用として冷蔵庫を売ることは、新しい工程の開発や、新しい製品の発明に劣らないイノベーションである。イヌイットに売ることは、新しい市場を開拓することである。凍結防止用として売ることは、新製品を創造することである。技術的には既存の製品があるだけだが、経済的にはイノベーションが行われている。 ピーター・ドラッカー
誰でも欲しくて使いたくなる魅力、やや高価だが手に入る価格、実用できる通信サービスを引っ提げて、iPhoneは爆発的な販売台数となりました。製品がイノベーションであったわけでなく、全てを組み合わせたパッケージがイノベーションでした。スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)が描いた未来像であり、その実現には様々な課題が立ちはだかっていました。それを乗り越えるためには、改善や効率化では達成できず、人が秘めている時として狂ったような情熱が必須となります。
イノベーションを実現するには、その源となるインスピレーション(Inspiration)を持つことができる感受性を持っていなければなりません。インスピレーションとは「創作、思考などの過程において、瞬間的に浮かぶ考え、新たな飛躍的活動を促す時にそれが言う。ひらめき。霊感。」を示します。現状の人工知能(AI)には、インスピレーションを働かせること、そしてイノベーションを起こすことは不可能です。
マツダ ロータリーエンジン研究部での山本は、データや装置に頼る部下を戒めた。コンピュータは、人間を助けて、重要な働きをなすが、アイデアは生まれない。人間がまず考え、実験をやり、成功したあとから理論の裏付けをする。人間だからこそ、アイデアはを生む。しかし、平凡に過ごす技術者は、アイデアにたどり着けない。
時に殺気立つほどの厳しさの裏で、山本は、人間の無限の可能性と本質を見抜き、信じていた。「インスピレーションは、確かに人間の特権だが、誰でもいつでも生まれるものではない。考えに考えに、あらゆることを試み、ぎりぎりのところで自分を追い込む努力をした人間のみにあたえられるものだ」 プロジェクトX
我々は成功した事例をイノベーションとして強調しますが、イノベーションは何時でも何処でも行われています。デフレの影響が強く残る日本では、管理や統制といった取締りが強化され、コスト削減や効率化と称して規格や手続きで拘束し、法令違反ではないのに内部規定から逸脱すればコンプライアンス違反と過度に責め立てられます。その結果として、イノベーションの芽は摘まれてしまいます。現状において成果が上がっている業務では、効率化、規格化、無駄の排除を進めることによって、現状の利益を最大にさせることはできます。それだけのことです。外部環境が変化すれば、利益優先という極限な状態は脆く崩れ去ります。
ここからはあくまで私論になりますが、たとえば先ほど紹介したの15%ルールのように、正規業務にとらわれないで知の探索活動をできる環境は、昔の日本企業にはより豊富にあったのかもしれません。
たとえば、「ヤミ研」などはそれにあたるのではないでしようか。以前の日本メーカーでは、開発者たちが上司に内緒で、正規業務が終わった深夜にこっそり行う「闇」の研究、すなわちヤミ研が頻繁に行われていたようです。日本メーカーのヒット商品はヤミ研から生まれたものが少なくないのです。
ヤミ研は、「知の探索」活動に近いといえます。なぜなら、まさに闇で行う研究開発なのですから、既存の業務や現時点でのヒット商品にしばられないで、新しい知を探求することができるからです。
もちろん、あくまでこれは正規業務の範囲外の活動です。残業代も出なければ、会社が開発体制をサポートしてくれるわけでもありません。しかしながら、以前の日本企業にはこのような活動を大目に見てくれる雰囲気があったのも事実でしょう。すなわち、3Mのように明示的にルール作りはしなかったけれど、インフォーマルに知の探索活動を許容し、促すような土壌が日本企業の強さの理由の一つだったのではないでしようか。
世界の経営学者はいま何を考えているのか 入山 章栄
iPhone原型の検討資料にSONYと書かれたモバイルフォンの資料が含まれていたことが知られるようになりました。製品ハードウェアとしては日本企業でも製作はできたでしょうが、製造コスト、当時のモバイル通信速度では使用に耐えれませんでした。ソニーは製品化しても高価すぎて売れないと判断していたのかもしれません。アップルは、ウォークマンに匹敵するiPod/iTuneで音楽配信にイノベーションを図り、そのノウハウを生かして品質を維持して製造を外注委託し、世界的にマーケティングして大量受注して製造コストを抑えました。アップルのブランド力を活かし、モバイル通信で全米1位だったAT&Tと協力して、高速モバイル通信である3Gそして4G(LTE)を普及させました。
イノベーションは環境によって影響を受けることが明らかになってきました。米国シリコンバレーでイノベーションが盛んになったのは、様々なアイデアを持った人々や企業が集まり、頻繁にそれぞれの意見交換が進められていたからです。多様性(diversity)の考えや知識を混ぜ合わせることによって、新しいアイデアが生み出されます。人々が行き来する都市がますます繁栄していく理由は、多様性が生み出す新しい価値に一因があるのかもしれません。
知識管理(knowledge management)が重要と認識され始めたとき、知識を情報やデータに書き写して、分類して、誰でも参照できるように管理することと理解していました。しかし、実際には書き写すことができない暗黙知(以前の記事)もあり、データベースとして整理・登録するには膨大な作業時間が必要で、内容によっては時間とともに陳腐化して古新聞となってしまいます。
リストに上がっていた知識が全てデータベースに登録できたとして(現実には不可能ですが)、複数の関係者が同じ情報や知識を有していたとします。その関係者が集まった組織からデータベース以上のものは出てきません。複数の人が全ての知識を共有したとしても、一人が把握しているのと結果は同じであり、一人以上の力を発揮できません。
それに対して多様性を発揮し、個人それぞれが異なった専門知識や発想を持って、チームとして目標に向かって意見を出し合い、小さな改善から新たな発見を実務に反映していけば、新たな価値を生み出すことができると思います。組織の強みは、個人の弱みを補って、個人の得意なことを強化して生かすことです。個人はそれぞれ得意な分野に特化して専門知識を習得し、チームとして各人の知識や能力を集結して業務にあたることが求められます。
ネットワーク化された組織について、情報端末が常時接続されたシステムを構築すれば良いと考えられていましたが、今日では個人でも常時接続になっています。情報交換ならば、電子メール、チャットやSNSの機能で十分です。しかし、課題や問題解決となると、ネットワークで交換される情報では不十分であることが明らかになってきました。
組織学習(組織が経験によって学習した情報の蓄積)における重要な語句として、人との繋がり(ネットワーク)を重視したトランザクティブ・メモリー(Transactive Memory)が注目されています。1980年代半ばに社会心理学者 ダニエル・ウェグナー(Daniel M. Wegner)が提唱しました。日本語に訳すると「対人交流的記憶」となりますが意味が分かりずらいです。トランザクティブ・メモリーとは、組織全体で『同じ知識を記憶すること』ではなく、組織内で『誰が何を知っているかを把握すること』という考え方です。
問題や課題が発生した時、早急に解決するため、誰に問い合わせれば良いかが思い浮かび、その専門家に連絡が取れれば、一人であれこれ悩む時間の喪失も少なく済みます。逆に、日ごろから自ら特定分野の専門家としてその分野を追及し、関係者へ知らせておく必要があります。各自が専門知識を蓄積していたとしても、組織としてその知識を必要な時に引き出せなければ、無駄となってしまいます。トランザクティブ・メモリーを高める環境を整備する必要があります。やはり、顔と顔を合わせたコミュニケーションが取れる環境が効果的であることがわかってきました。
ひと昔の会社や団体における「たばこ部屋」では、様々な部署の人が一服するために集まり、雑談を通じて、トランザクティブ・メモリーの向上が図られていました。喫煙による健康被害が問われ、喫煙家が減少するなかで、その機能は後退しています。そのため、オフィスの休憩場所にカフェスペースやカフェテリアを設けて、休憩で珈琲やお茶などを飲みながら、雑談できる場を作り出したりしています。
新しいアイデアを試みる際、組織力もあり計画的な組織ほど、最初から卓上で計画を練って大々的に試みを始めて、大きな損失を伴う失敗をするかもしれません。小さいことから始めて、仮説を立てて、アイデアを試し、検証して仮説を強化又は修正していく必要があります。成功するため、どのくらいの回数を検証すれば良いのかは明らかではないです。
ベゾスはこうした経験からイノベーションには実験が不可欠であることを学び、アマゾンで実験を制度化しようと努めてきた。「実験はイノベーションのカギだ。予想通りの結果が出ることはめったになく、多くを学べるから」とベゾス。「社員には、あえて袋小路に入り込んで、実験しろとハッパをかけている。実験にかかるコストを減らして、できるだけたくさん実験できるようにしている。実験の回数を100回から1000回に増やせば、イノベーションの数も劇的に増える。」
イノベーションのDNA クレイトン・クリステンセン
アイデアを実現するには、実際は様々な制約や制限が加わっています。実行に移してみないとわからないことも沢山あります。全くのゼロ(0)からイチ(1)が生み出されば格好いいかもしれませんが、現実には様々な知識や情報が複合的に絡み合って、新しいことが生みだされていきます。激変する時代において、現状のままでは衰退するのみであり、新たなことを生み出す力がなければ生き抜いていくことはできません。
まずは、トランザクティブ・メモリーを高めて、周りの人に創造的な話題について話してみるのはどうでしょうか。
参考文献
【惨事(Tragedy)】 コロンビア号 空中分解事故
2003年2月1日、世界に衝撃が走りました。7名の宇宙飛行士(Rick D. Husband, William C. McCool, Michael P. Anderson, David M. Brown, Kalpana Chawla, Laurel Blair Salton Clark, Ilan Ramon)が搭乗して地球へ帰還途中であったスペースシャトル コロンビア号が空中分解事故に逢いました。数日前の1月28日には、アポロ1号火災事故(以前の記事)とチャレンジャー号爆発事故(以前の記事)の追悼として、宇宙飛行士そして地上支援要員が黙とうを捧げたばかりでした。
徹底的な事故調査が進んで事故原因は断定されています。事故発生の16日前の打上げ日(1月16日)、打上げから81.7秒後に外部燃料タンクから剥落した書類カバンほどの発泡断熱材の破片が左翼に直撃したことが確認されました。左翼前縁における強化炭素複合材(RCC: Reinforced Carbon-Carbon)の熱防御システムが破損し、地球帰還時の大気圏再突入にて生じる空気摩擦によって、超高温のプラズマが左翼前縁に侵入し、徐々に翼内部のアルミニウム構造を溶かしました。構造の強度が低下して翼を失い、大気抵抗の増加に伴って飛行を制御できなくなり、コロンビア号の機体は空中分解しました。
コロンビア号が空中分解して流れ星のように飛んでいる姿は、トップニュースとして世界中に衝撃的な映像で流れました。私もその映像を見て、宇宙飛行士の生存確率はほぼゼロで、チャレンジャー号事故以来の悲劇であり、スペースシャトル飛行は凍結され、国際宇宙ステーションの建設も中止されると悲観にくれました。実際には、宇宙競争を勝ち抜いてきた宇宙先進国として米国の底力は途轍もなく強く、チャレンジャー号事故の教訓もあり、コロンビア号を喪失してから2時間以内にコロンビア事故調査委員会(CAIB: Columbia Accident Investigation Board)が設立されました。
事故7ヶ月後には、CAIBが調査した結果をまとめてコロンビア事故調査報告書が公表されました。情報公開が進んでいるNASAも重要視する多岐にわたる勧告であり、現在もNASAホームページから入手できるようになっています(リンク先)。本編(Volume I)だけで248ページに及ぶ報告書であり、事故状況の整理、詳細データも含めた技術的な原因究明、事故を招いた歴史的記録、安全文化の欠如、組織的な問題点、有人宇宙活動を再開するための提言も含まれています。
当然報告書は英文ですが、有人宇宙に関わりたい方やコロンビア号事故の詳細を知りたい方は、原文を拝読してください。国家の威信をかけて、半年でこれだけの内容を含んだ報告書を仕上げる実力に圧倒されます。この記事では個人的に注目した教訓を説明してきます。
(1) コロンビア号の特異性
コロンビア号は、最初の宇宙往還機(Space Shuttle Orbiter)であり、初期の技術水準によって製作され、1981年4月12日に初飛行しています。他の機体であるディスカバリー号(Discovery)、アトランティス号(Atlantis)、エンデバー号(Endeavour)と設計が異なっており、コロンビア号は重量が重いため、国際宇宙ステーションの高い傾斜角を持つ軌道に到達するには、輸送できる物資が不十分となります。そのため、コロンビア号は科学実験やハッブル宇宙望遠鏡の修理のために用いられました。
1998年11月20日に最初の国際宇宙ステーションを構成する要素"Zarya"が打ち上がりました。2018年で20周年となります。12月4日にはエンデバー号が打ち上げられ、構成要素"Unity"を輸送して結合しました。事故が起きたコロンビア号の飛行(STS-107)では、宇宙実験室(SPACEHAB)が搭載されて、宇宙飛行士も2シフト体制で24時間継続して宇宙実験が進められました。
コロンビア号は、また技術開発を目的とした機体であったため、詳細な飛行データを記録する測定単位補助データシステム(Modular Auxiliary Data System)が搭載されていました。開発過程の遺産であるがこのシステムは稼働していましたが、22年目でセンサ寿命を超えており、多くのセンサは既に故障していました。ただし、遠隔データ(テレメトリ Telemetry)では伝送されなかったセンサ値も記録されており、回収されたフライトレコーダーから事故状況の詳細な情報を取得されています。報告書には細かなデータの変化を時系列に整理して、事故検証に用いられています。
(2) その時、管制官は?
補助データシステムの記録データでは、突入点(EI: Entry Interface、高度40万フィートに入る時点)から270秒後(EI+270)に最初の兆候を捉えていました。テレメトリだけでは変化が現れず、EI+613にならなければヒューストンの管制官は異常の兆候を気づくことができませんでした。管制官は、左翼にある油圧システムにて4つの温度センサが計測範囲外最小値(Off-Scale Low)を示していることをフライトディレクターへ初めて報告しています。
大気圏再突入してほぼ11分が経過した後(EI+651)、通常でも翼前縁は1650℃に達します。コロンビア号は、マッハ21.8の速度で、高度223,400フィートを飛行していました。その時を過ぎても、管制チームは4つの壊れた計器について議論を続けていました。他に異常データがなかったため、センサ異常と認識していました。
EI+831には、コロンビア号はニューメキシコ州を通過してテキサス州の上空へ入り、A/G(air-to-ground)音声ループを通じて機長から途切れ途切れの交信がありましたが、内容は聞き取れませんでした。その後のEI+906には、左の主着陸ギアタイヤ圧ついて読み値が失われたと報告がありました。クルーへ地上で認識している事象を伝えるとともに、先の交信内容を確認していました。EI+923には、コロンビア号の機長から途切れた回答があり、「Roger(了解)…… その後途切れる」それが記録されているコロンビア号クルーからの最終交信となりました。そして、受信していたテレメトリも途切れました。
管制チームはコロンビア号との通信異常を疑って通信の復旧に努めていました。地上で監視していたビデオカメラを通じて、EI+969にコロンビア号が分解していったことが明らかになりました。E+1710に管制チームに電話連絡が入り、コロンビア号の空中分解が伝えられました。シャトル飛行管制を指揮するフライトディレクターは、地上設備担当に「ドアを閉めろ(Lock the doors)」と指示しました。この指示は、重大事故が発生した場合の手順に従い、実際に管制室を施錠して、全てのデータを保存・変更できないようにし、管制官に全ての記録を整理することを示唆しています。
コロンビア号の飛行管制を担い、直接クルーと交信できる管制センター(MCC: Mission Control Center)が、空中分解という想定外の事象に対して、機体の状態を示す限られたテレメトリでは情報収集が不十分となり、事態を把握できていませんでした。NASAは、打上げ時に断熱材の破片が左翼に直撃した事実を把握していながら、「断熱材の衝突程度では、主翼前縁は壊れない」として、通常通りコロンビア号の大気圏再突入そして帰還を指令していました。
(3) 設計要求と実機の相違
報告書でも指摘されていますが、事故原因は異なりますが、チャレンジャー号爆発事故を招いた安全に対する同様な過ちが繰り返されました。NASAは、打上げ時に外部燃料タンク等から何らかの破片が外れて機体を損傷した場合、重大事故を招く危険性は知っていました。初期のスペースシャトルのフライトから、打上げ時に断熱材が剥がれ落ちて機体に小さな傷をつけていたことが確認されています。
一般的なロケットでは、輸送する宇宙機や人工衛星はロケットの最上段に取り付けられ、打上げ時に何らかの破片に当っても、流線型の覆いであるフェアリング(Fairing)で囲われており、直接損傷することはありません。それに対して、スペースシャトルでは船外燃料タンクと接続されて下方にオービター(Orbiter)が配置されています。下方ということは、上部で外れた破片があたる確率が高くなります。地球帰還において最重要である熱防御システムがむき出しになっており、損傷を受けるとコロンビア号と同様な事故を招きかねません。
スペースシャトルの設計要求には、外部燃料タンクの断熱材は剥がれ落ちてはいけないことが明記されていました。実際には、映像が取得できているスペースシャトルの打上げのうち、80パーセント以上で断熱材の剥がれ、落下が確認されていました。初期の飛行では断熱材の紛失は危険な問題として考えられていました。飛行の回数を重ね、重大事故も発生せずに地球に帰還できたので、徐々に飛行安全に関わる問題という認識は薄れていったようです。
実際にコロンビア号(STS-107)の2回前であるアトランティス号(STS-112)の打上げ(2002年10月7日)において、コロンビア号と同様に外部燃料タンクの2脚ランプ部分から極めて大きな断熱材が剥離したことが確認されました。その断熱材は打上げ時に使用される固体ロケットブースター(SRB: Solid Rocket Booster)に衝突して、SRBが凹んで損傷していたことがわかりました。アトランティス号は国際宇宙ステーションの組み立て作業を完了して、地球に無事に帰還しました。その後、飛行安全の問題ではないと結論付けられて、スペースシャトルの打上げは継続されました。
チャレンジャー号事故を独自に調査した社会学者Diane Vaughanが指摘し、起こりえない事態を許容するという「逸脱の標準化 (normalization of deviance)」に伴う重大事故が再び起こりました。
(4) 剥離した断熱材による損傷
外部燃料タンクには、スペースシャトルの推進剤となる液化酸素及び液化水素が保管されていました。気体を液化できる臨界温度は、酸素で-187℃、水素で-240℃となります。極低温であり、保管するタンクの構造も低温となります。外気との熱移動を遮断するために断熱材が取り付けられます。断熱材が取り付けずらい箇所には、後からスプレーを吹きかけて発泡断熱材で覆います。打上げ時に熱と激しい振動等で発泡断熱材が剥離してしまうことが確認されていました。
断熱材は発泡しており、それほど重くない材質でできています。それほど大きくない断熱材が剥離して機体に衝突したとしても、大きな損傷はできないように思われました。撮影されたビデオ映像からの解析によると、断熱材は外部燃料タンクから剥離した後、約0.161秒で左翼にぶつかったことを示しています。剥離した時の断熱材の速度 2,523 km/hから衝突した時の速度 1,645 km/hへ急激に減速しています。
断熱材は密度が低く軽いため、空気抵抗で急激に速度が低下したため、短時間ですが相対速度は878 km/hとなり、衝突衝撃が大きくなったことが示されています。コロンビア号事故後、衝突再現試験が行われ、剥離した大きさの断熱材をその速度にて衝突させたところ、翼が破損することが実証されています。
(5) 地球大気圏再突入時の耐熱シールド
地球に帰還するために機体を大気圏へ再突入した時、高速で大気に突入するため、空気加熱が発生して、機体の表面は高温になります。そのため、再突入する宇宙機には熱防護システムが重要となります。熱防護システムといっても、機体の表面に高熱も耐えられる耐熱タイルや強化炭素複合材(RCC)が取り付けれています。
スペースシャトルの機首や翼前縁には、2000℃に達しても耐えられるように強化炭素複合材(RCC)が取り付けられています。機体の胴体下側には耐熱タイルが敷き詰められています。コロンビア号事故では、剥離した断熱材が最も重要な強化炭素複合材(RCC)部分に衝突して破損させています。
シャトル以外の宇宙機では、耐熱シールドが傷つくことを防ぐため、通常は外部と接触できない構造となっています。ソユーズ(Soyuz)宇宙船では、地球に帰還するモジュールと大気圏で燃え尽きるモジュール間に耐熱シールドが面しており、大気圏突入前にモジュール間を分離した時に、耐熱シールドが初めて宇宙空間に曝露されます。
耐熱シールドには、アブレータ(ablator)によってコーティングされるタイプもあります。アブレータは、炭素繊維で強化されたプラスチックで、熱で溶けることによって周囲の熱を吸収して、分解する際に気化して熱を捨て去ります。耐熱タイルや強化炭素複合材(RCC)と違って再利用はできません。
SpaceX社のドラゴン(Dragon)宇宙船も再利用されていますが、耐熱シールドにはアブレータを採用しているようです。スペースシャトルの運用を考察して、耐熱タイルや強化炭素複合材(RCC)の保守にはコストが極めて高くなるため、アブレータ型の耐熱シールドを打上げ毎に交換することを選択したようです。
(6) 宇宙往還機に翼は必要あるのか?
スペースシャトルの象徴として有翼の宇宙往還機であり、地球帰還後に滑空して空港に戻ってくる姿は将来性を感じさせました。技術的に考察すると、宇宙空間では空気が無いので翼は役に立ちません。打上げ時もロケットエンジンによる垂直離陸であるため、翼による揚力は必要ありません。スペースシャトルのミッションのうち、大気圏に再突入して最後の滑空のみに翼は有効でした。
設計段階で翼が付加されたのは、米国国防総省(DOD: Department of Defense)の要求を取り入れ、スペースシャトルを軍事利用する場合に帰還時に大きく旋回する能力を持たせるため、大きなデルタ型の翼が必要となりました。有翼宇宙往還機の構想はありますが、実際に飛行したのはスペースシャトルとソ連のブラン(Buran)だけです。
航空機のように、空港(Airport)ならず宇宙港(Spaceport)から水平離陸して、宇宙へ到達した後、水平着陸して宇宙港へ戻ってくる宇宙機は将来像なのかもしれません。宇宙旅行で計画されている地球を周回せず高度 100 kmに到達するサブオービタル(Suborbital)ならば可能かもしれませんが、地球周回軌道へ到達するためには大幅な技術革新が求められます。
(7) 人命優先であったのか?
8日目(1月23日)、打上げ時に左翼に外部燃料タンクからの断熱材が衝突したことを、コロンビア号のクルーにも説明しており、衝突時の映像をビデオファイルで送信していました。過去にも同様な事象が発生しており、耐熱タイルや強化炭素複合材(RCC)の損傷は大きくなく、再突入に問題はないと回答していました。
地上では、数学モデルを用いて断熱材衝突の影響を評価しており、再突入時に局所的に高熱による損傷は受けるが、構造的破壊につながることはないと結論を出していました。現実はコロンビア号を失う事故が発生しています。実際の状況を詳しく把握するため、地上から望遠カメラでコロンビアの損傷状況を撮影することが検討されていました。しかし、組織の壁やコミュニケーション不足によって撮影する機会は失われました。
もし損傷が明らかであった場合、宇宙飛行士を救うための方策についても報告書には検討されています。次の打上げ準備が進められていたアトランティス号を打上げ、ランデブー・ドッキングを行い、コロンビア号クルーと共に戻ってくる。ただし、アトランティス号も同様に断熱材が衝突する可能性があるため、この救助策は決断が難しいと思われます。
クルーとコロンビア号を喪失するリスクを下げるため、船外活動(EVA: Extra-Vehicular Activity)によって、翼の損傷部を緊急修理することです。コロンビア号に搭載された宇宙実験室(SPACELAB)を廃棄してオービターの重量を軽くし、左翼前縁に及ぼす熱影響を低減した再突入経路を通ることも提言されています。
委員会の医学グループは、クルーの死因及び時期について推定を行っています。構造破壊を伴う大気圏突入において、コロンビア号の居住区が経験した加速レベルは致命的にはなりませんでした。居住区が残存してる期間にクルーは生存しており、居住区が破壊によって死因は外傷及び低酸素症と推定されました。死亡時刻は確定できていません。
居住区のみで帰還でき、救急脱出ができれば、コロンビア号は失われましたが、クルーが生存する確率は残されました。スペースシャトルに事故は起きず、信頼性は高いとの安全神話を信じて、クルー緊急帰還システムは搭載されていませんでした。絶対に失敗が許されない有人機とリスクを抑えながら経済性や効率性を追究していく無人機では、設計要求レベルに天地の差があります。すべてを有人機基準で開発したのでは開発・製造コストも数桁高くなります。
スペースシャトルの教訓として、人と荷物を一度に運ぶのではなく、無人機で荷物を宇宙に運び、安全・冗長設計を図って失敗確率はゼロに近く、どんな状況でも緊急帰還できる宇宙往還機のみを人員輸送に活用することになります。
ときに人間は、経験からくる慣れや先入観に流され、事実に基づいていない判断をする。つまり、コロンビア号の事故におけるの判断は「前回まで事故なく飛行してきたのだから、今回も大丈夫だろう」という油断が生んだ、技術的な根拠に欠ける非合理的な意思決定だったのかもしれない。
組織も、またそのなかに組み込まれた個人も、雰囲気で進むことが多い。ある社会学者はこのような意思決定のプロセスを「逸脱の標準化」と言っている。
人間はミスを犯す。この大前提に立って、常に失敗から学ぶ姿勢を持たなければ、ミスをミスで隠すようなことも起こりかねない。
重要なのは、失敗を隠さず、失敗に対して常に鋭敏にアンテナを張り、失敗から何かを学ぶ姿勢なのだと思う。やはり愚直なまでにそのような姿勢を貫くことで、また次の失敗の解決につなげていけるはすだ。日本人宇宙飛行士・宇宙航空研究開発機構理事 若田 光一
(8) 飛行再開(Return to Flight)
2005年7月26日-コロンビア号空中分解事故から2年半-、米国フロリダ州のケネディ宇宙センターからディスカバリー号(STS-114)が打上げられ、スペースシャトルの飛行が再開されました。ディスカバリー号には日本人宇宙飛行士 野口 聡一さんも搭乗しました。
断熱材の剥離を無くすことは不可能で、ディスカバリー号の打上げでは、数多くの追尾カメラに見守られ、断熱材の剥離などを監視しました。飛行中にOBSS (Orbiter Boom Sensor System)と呼ばれた監視センサが先端に取り付けられた最長なブームを操作して、耐熱タイルや強化炭素複合材(RCC)が損傷していないかを調査しました。
スペースシャトルの利用は国際宇宙ステーション組立てミッションに限定され、熱防御システムが損傷して地球帰還できない緊急事態が確認された場合、国際宇宙ステーションを宇宙飛行士の最終避難場所(Last Resort)として活用し、救助を待つことにしていました。ディスカバリー号は、国際宇宙ステーションにドッキングする前にRPM (R-Bar Pitch Maneuver)と呼ばれる前転をして、ステーション側からオービターの外観を撮影して健全であることを検証しました。
野口宇宙飛行士はNASA宇宙飛行士Stephen Robinsonと共に船外活動(EVA)を行い、新規に開発された機器や手順を用いて、損傷した耐熱タイルや強化炭素複合材(RCC)の修復手法を試験しました。
コロンビア号事故もチャレンジャー号事故の再来となる面もあり、責任追及だけしていても何も得られることはなかったでしょう。日本で同様な事故が起きたら、危険な試みは2度としないという結論となり、飛行再開はできないかもしれません。コロンビア号事故を顧みると、有人宇宙を先駆ける米国の底力として、反省することは反省して、教訓として新しい見地を得て、経験を蓄積しています。悲劇を乗り越えて宇宙へ向かうこと。そのための努力とチームを前向きに引っ張っていく方向づけの力強さを感じます。
参考文献
- コロンビア事故調査報告書
- スペースシャトル飛行再開にむけたNASA実施計画書
- 飛行再開タスクグループ最終報告書
- 一瞬で判断する力
- 増補 スペースシャトルの落日 (ちくま文庫)
- チームが機能するとはどういうことか ― 「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ