チーム・マネジメント

チームマネジメント、人間-機械システム、そしてヒューマンファクターズを考える

生命を実体化させる力 そして 継承 【遺伝子】

 原始の生命が彗星に乗って地球に到来したことについて述べました(以前の記事)。生命とは何であるかという問いについて明確な定義はありません。ジョイス(Joyce)の定義、コシュランド(Koshland)の定式化などが提唱されています。事実が物語っているのは、生命は、遺伝子(Gene)という情報が受け継ぎ、環境に応じて進化してきました。

 人類としてホモ・ハビリスが石器を使用していたことを示す証拠は約230万年前に確認されています。地球の歴史からみれば最近のことであり、植物そして動物が絶え間なく進化してきたことがわかってきています。9億年まで遡れば単細胞生物(ウィルスなど)の時代であり、その後に多細胞生物、植物や動物が地球上に登場してきました。約5億年前のカンブリア爆発(Cambrian Explosion)において現在の地球上生物の祖先が一斉に現れて多様化しました。

 

 分子という観点から見ると、地球上に存在するあらゆる生物は、基本的な化学物質は同一で変わりません。遺伝子(Gene)を構成している核酸は、一つの糖類、アデニン(A:adenine)・シトシン(C:cytosine)・グアニン(G:guanin)・チミン(T:thymin)又はウラシル(U:uracil)という4つの塩基、リン酸塩から作り出されています。人間も含めて地球上生物は同一物質の遺伝子を持っています。これらの物質配列の違いだけで、多様な生命が生み出されていることは驚くべきことです。

 DNAとして知られているデオキシリボ核酸(DeoxyriboNucleic Acid)は、4つの塩基 A、C、G、Tから二重らせん状に構成されています。AはTと、GはCと結合するので、この組み合わせでDNAは二重らせんとなります。DNAの遺伝情報は複写されて、RNA(RiboNucleic Acid)というリボ核酸に一時的に写し取られます。DNAのACGTのうちでTはUで置き換えられるため、RNAではACGUの4文字で遺伝情報が複写されます。DNAはニ重らせんですが、RNAは一本鎖となっています。

 RNAに複写された遺伝情報はアミノ酸(Amino Acid)の並び順に翻訳されます。アミノ酸が結合してタンパク質(Protein)を構成します。このように遺伝情報が実体のあるタンパク質の構成そして配列を決めます。遺伝子から細胞そして生物の身体が作り出されます。ここでDNAの全てではなくて一部のみがRNAへ転写されます。その部分に応じたアミノ酸配列となり、タンバク質は独特の立体構造を作り出し、独特の機能を持つことになります。基本となるアミノ酸は20種類です。

 

 1本の二重らせんDNAが複製されて、2本の二重らせんDNAへ分裂します。それに伴って2つの細胞に分配されます。日々、私たちの体内でも行われていることですが、複製したDNAに誤りがないかを校正されています。誤りが生じるとガン細胞にとなるかもしれません。

 人間も最初は1個の受精卵から誕生し、細胞分裂を繰り返して、身体をつくり上げます。人間の身体は60兆個の細胞から構成されていると言われます。全ての細胞には同じ遺伝情報を持っていますが、DNAのどの部分が複写されるかによって、身体の組織や臓器が生成される違いがでてきます。人間には約10万種類のタンパク質があると言われ、肌や毛髪、筋肉や骨、内臓などはタンパク質によって形作っています。

 

 同じDNAから一部のみがRNAへ転写されることによって、多様な実体が作り出されます。細胞は分裂して筋肉やある臓器になることを記憶していると考えられています。例えば、心臓で他の臓器の細胞が生成されたら怖い気がします。遺伝子とそれがもたらす形質との研究をエピジェネティクス(Epigenetics)と呼ばれており、生物は発生過程で徐々に形成されていくという後成説(epigenesis)を語源に持ちます。

 エピジェネティクス研究が進められ、DNAのうちで活発に発現する部分と眠ってしまう部分が固定されてくるメカニズムが分かってきています。この固定化が解除されて、受精卵のような初期状態に戻すことができたらどうなるでしょうか? クローン(clone)が生み出されてしまいます。クローンのカエル、ハツカネズミ そして 羊が誕生しています。

 哺乳類の体細胞から初期状態に戻すことは困難なことですが、ニュース等に再生医療が取り上げられ、様々な器官を生成できる万能細胞へ変える方法が生み出されました。京都大学 山中仲弥教授が確立したiPS細胞(induced pluripotent steam cells)を用いると、どの組織や臓器に分化することを操作できます。

 

 長い年月をかけて遺伝子を変化させて生物は進化してきました。ダーウィン(Charles Robert Darwin)が提唱した自然選択説に従ってきたのかもしれません。ダーウィンが著名な『種の起源』の前作には以下のように説明されています。

「生存可能な数よりも多くの子孫がそれぞれの種から生まれる。そのため、生存のための競争が頻繁に繰り返される。その結果、複雑な時々変化する生存条件の中で、もしほんの少しでも何らかの点で有利であるような個体があると、その個体にはわり大きな生存の機会が生じ、その結果、その個体は自然によって選択されることになる。強力な遺伝の仕組みにより、選択された個体の持つ変化した新しい性質は広がっていくことになる。」 イギリス博物学者 ダーウィン

 突然変異によって急に超人的な種(Mutant)が誕生するのだろうか? 遺伝子による進化では可能性はゼロに近いのではないでしょうか。一部の遺伝子が損傷していれば、生命力が宿った生物として生き残ることはできません。個体の寿命からみれば永遠に感じる数万〜数億年の年月を経て、徐々に一部が進化または退化を繰り返して種が変化してきました。その変異は目に見えないほどに静かです。地球上で繁栄を誇る有力な種が変わるのは、地球の環境変化かもしれません。例として、恐竜から哺乳類への交代は想像しやすいです。

 

 遺伝子による進化は長い年月が経る必要がありますが、人間は知恵を積み重ねて進化してきました。火の利用、石やりの制作、農作、灌漑、文字・記号、蒸気力、電気・通信などなどを発明してきました。イスラエル歴史学者 ユヴァル・ノア・ハラリ(英: Yuval Noah Harari)が著作した『サピエンス全史』を読むと新たな発見があります(私は全部読み終わっていません)。遺伝子による進化のサイクルが、知恵の進歩のサイクルへと変わり、変化のスピードが劇的に早くなってきています。

 技術や社会が進歩してきても、人間の基本的な構成は変化していません。技術の進歩に伴って、生活が便利になり、人間の能力は退化してきているような気もします。その退化が徐々に遺伝子に反映されないように、超長期的な視野で考えていくことが必要なのかもしれません。

 

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参考文献

  1. 彗星パンスペルミア
  2. アストロバイオロジー―地球外生命体の可能性
  3. 教養としての生命科学 いのち・ヒト・社会を考える
  4. 新版 絵でわかるゲノム・遺伝子・DNA (KS絵でわかるシリーズ)
  5. トコトンやさしいアミノ酸の本 (今日からモノ知りシリーズ)
  6. エピゲノムと生命 (ブルーバックス)
  7. 種の起源(上) (光文社古典新訳文庫)
  8. サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

 

あの時に止めることができたのか? 完全なる人災 【JCO事故】

 人間が関与する大規模のシステムを見続けて、最も衝撃的な事故は福島第一原子力発電所事故です。教訓は将来に渡って引き継がれなければなりませんが、戦争や震災などの記憶と同様に薄れて忘れて、再び悲劇が生まれてしまいます。

 福島第一原子力発電所事故が起きる以前では、原子力発電は安全なものとして信じて疑いもしませんでした。私も技術者として、原子力発電のことをあまり理解せずに、安全神話だけを頼りに信じ込んでいました。核廃棄物の処理に関する廃棄問題は認識していましたが、恥ずかしいことに、国会で津波対策が不十分であることが議論されたことも知りませんでした。

 日本において原子力事故は最初ではありません。1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工会社JCOにおいてウラン溶液を製造する作業中に臨界事故(連鎖的な核分裂反応が発生する事故)が発生しています。当時私は米国へ出張中で、現地のニュースでも臨界事故は大きく扱われていました。それと対照的に、日本では同僚が何も起きていないように仕事に追われており、真実が何であるのかわからなくなりました。情報規制があったのかはわかりませんが、大きく報道されていれば、2011年以前に安全神話を壊す機会だったのかもしれません。

 

 臨界反応は、連鎖的な核分裂反応が発生させることであり、原子力発電や核爆弾の基礎となるメカニズムです(以前の記事)。臨界反応を制御できれば(途中で止めることができれば)、発生した熱を発電に活用できます。しかし、暴走させてしまえば、原子力事故そして核爆弾となります。

 当時JCOは、高速増殖研究炉「常陽」で使用される核燃料の製造を請け負っており、製造作業中の10時35分頃に臨界状態となり、中性子線を建物の外にも放出し始めました。東海村では住民の退避が開始されました。当事者のJCOは事故対応をしておらず、更に核反応は暴走して核爆弾となるところでした。国から強制作業命令が出された後、冷却水を抜き、ホウ酸を投入して中性子線を吸収させて、連鎖反応を止めました。事故が収束したのは、臨界状態の開始から20時間後の10月1日の6時30分頃だったとの報告があります。

 この事故で、作業員3名中、2名が死亡して、1名が重症となりました。被曝者は667名にもなっています。国際原子力事象評価尺度(INES: International Nuclear Event Scale)でレベル4(事業所外への大きなリスクを伴わない)と識別されています。周辺住民も中性子線等の被曝をしており、事業所外へリスクを伴っているので、スリーマイル島原子力発電所事故と同じレベル5と識別されてもおかしくないです。レベル5と認知されれば福島第一事故は止められていたかもと思ってしまいます。福島第一はチェルノブイリと同じ最大レベル7(深刻な事故)に識別されています。

 

 臨界事故に陥った経緯の調査結果について、参考文献1に報告が記載されています。安全審査が骨抜きになったことが明らかにされています。原発再稼働に向けた安全審査において臨界事故の教訓は生きているのでしょうか。

 JCOが新たに核燃料の製造を請け負うことになりましたが、これまで使用していた転換試験棟は「誤操作等により臨界事故の発生するおそれのある核燃料施設」として許可を得ていませんでした。安全対策よりも納期(利益)を優先させて、臨界事故は起こり得ないと決めて、臨界事故を評価せず、臨界事故に対する適切な対策が講じないで製造が進められました。

 JCOが提出した申請書では、臨界事故は起こりえない、臨界事故の対策も講じる必要はない。日本の原発では、過酷事故(Severe Accident)は起こり得ない、過酷事故の対策は必要ないし講じる必要もない。まさに安全神話そのものです。

 

 臨界事故が発生しない施設と説明するため、確かに内部規制を設けて、臨界状態にならないように管理しようとしていました。その安全を確保するために必須な規制は、実務的に効率性が悪く、徐々に改悪されて、無効なものとして葬されてしまいました。

 その規制は、質量制約と形状制約から構成されていました。以前の記事でも解説しましたが、ウランなどの放射性物質は臨界量と呼ばれる一定以上の質量がなければ臨界状態になりません。そのため、一度に取り扱う量を制限すれば臨界事故は起こりえません(質量制限)。核反応によって生成された中性子放射性物質にぶつかり、連鎖的に核反応が広がっていき、臨界に達します。中性子が外部へ逃げる構造ならば臨界は生じません。したがって、ウランなどを混ぜる溶解塔を中性子が逃けやすい細長い形にしていました(形状制約)。

 質量制約を課すため、1回あたりに取り扱える作業量(バッチ)が完了するまで、次のバッチを入れる作業を行わない「一バッチ縛り」を設けていました。作業効率は低下するため、バッチを測れる専用の器具を使わず、ステンレスのしゃもじのようなものを用いるようになりました。形状制約のための溶解塔を使わずステンレスのバケツを用いて、手作業で撹拌していました。

 

 安全性を無視して、経済性を重視というより、目先の利益だけを見て、違法な工程変更がなされました。「改善提案」運動の一環して、一連の工程変更は、JCOの会議にて報告され、決定されていたことも議事録などから明らかになってきました。組織としての考え方が安全軽視となっていたことがわかります。

 国の安全審査においても臨界事故に対する懸念も表明されたようですが、外部の第三者による評価が不十分というよりは、「原子村」出身以外の安全審査官が少なかったため、不許可または審査の差し戻しはされませんでした。

 技術的な面も、マネジメントの面も、プロフェショナルな対応とは思えず、お粗末としか思えません。現場そして管理組織が共倒れとなり、高い安全性を保たなければならないシステムが崩壊しました。そして、市街で暴走した核施設が核爆弾と化すところでした。それは免れましたが、12年後、安全と思われていた我が国で再び核施設が暴走しました。

 

臨界!!

 

参考文献

  1. 臨界事故 隠されてきた深層―揺らぐ「国策」を問いなおす (岩波ブックレット)
  2. ヒューマン・エラー学の視点―想定外の罠から脱却するために
  3. 会議を制する心理学 (中公新書ラクレ)

 

我々を地球に閉じ込めたままなのか?【重力】

無重力状態は、私たち地球の住人にとって、いささか奇妙なしろものにはちがいない。しかし人間の身体組織は、手足がめっぽう軽くなったと感じながらも、すぐそれに順応する。そのときの私の状態を話そう。私はふわりと座席から浮きあがり、キャビンの天井と床のあいだに宙づりになった。この状態への移行はきわめてなだらかだった。重力の作用が消えはじめると、気分がたまらなくよくなった。突然、なんでもかるがるできるようになる。手も、足も、身体全体も、まるで自分のものでないような感じ。重さを全然感じなくなってしまうのだ。坐ることもできない、横になることもできない、キャビンのなかで宙ぶらりんになったままだ。固定されていなかったものは何もかも宙に舞いあがった。さながら夢でも見ているような気持ち……地図も、鉛筆も、手帳も……液体はホースからしたたり落ちると、小さな球状になって、空間を自由自在に動きまわる。キャビンの壁にふれると、ちょうど花にやどる露の玉のように、べたりとそこに吸いついてしまう。 ガガーリン(Yuri Gagarin)

 地球上に生まれ、自分の重さを感じ、人は2本足で大地を踏んで立ち上がります。物を落とせば床に落ちます。日頃に見慣れたことですが、重力(gravity)がなければ、手足で体を支える必要はなく、物はふわふわと漂っています。重力とは、地球上の物体に下向きに働いて重きの原因となる力であり、地球の引力と地球の自転による遠心力の合力です。ここで、遠心力は最大値となる赤道上においても引力の約290万の1であるため、大部分は地球の引力によるものです。重力加速度 g は 9.8 m/s2となります。地球の中心から距離が離れると万有引力が小さくなるため、高地になるほど重力加速度は小さくなります。

 

 宇宙を支配する万有引力(Universal Gravitation)の法則は、ニュートン(Isaac Newton)が木からリンゴが落ちることからひらめきを得たと言われますが、質量を有するすべての物体の間で普遍的に作用する引力があることを示しています。そして、その引力は両者を結ぶ直線の方向に向かい、両物体の質量の積に比例して距離の2乗に反比例するという法則を発見しました。

 ガリレオ(Galileo Galilei)が、イタリアにあるピサ(Pisa)の斜塔から落体による重力の実験を行なったと言われています(実話かは不明)。ピサの斜塔の頂上から大小2種類の球を同時に落とし、両者が同時に着地するのを実演したと伝えられています。それまでの物体の落下速度が重さに比例するという理論の誤りを正し、空気の抵抗がなければ質量の大小にかかわらず加速度が一定であることを証明しました。

 アポロ15号が月面に着陸して、宇宙飛行士 デイヴィッド・スコット(David R. Scott)さんがガリレオが唱えた法則が正しいことを証明しました。空気の無い月面において、ハヤブサの羽を片手に持ち、小型のアルミニウム製ハンマーをもう一方の手に持って、同時に2つの物を落としました。ガリレオが唱えたように、羽もハンマーも同時に着地して、土ぼこりを立てました。

 

 アインシュタイン(Albert Einstein)が一般相対性理論を発表して万有引力に対する世界観も変わりました。一般相対性理論によると、万有引力は四次元時空間(時間及び空間)が質量によって歪むために生じると考えられています。一般相対性理論の基本となる等価原理は、慣性質量と重力質量は等価 すなわち 加速度運動している系と重力の作用している系は同じであることを示しています。具体例として、自由落下によって作られる無重力状態は、重力場が存在しない状態と等しいことになります。

 相対性理論に基づいて万有引力の法則を定式化したものをアインシュタイン方程式と呼んでいます。非線形の方程式であるために簡単に解を得ることはできません。シュヴァルツシルト (Karl Schwarzschild)は、球対称な重力場に限定し、重力場自体が時間的に変動しない仮定の下で解を導き出しました。シュヴァルツシルトの解から、質量が高密度となれば、光を含めた一切の物がその強大な重力から外へ出られないブラックホール(Black Hole)の出現を予想しています。

 時間の進みが変動するため、宇宙船がブラックホールに吸い込まれた場合、十分遠い場所から観察すれば、宇宙船の落下には無限の時間がかかり、ある位置でほとんど停止してしまうことになります。重力によって、速度が上がり、時間の進みが遅くなり、距離が長くなったようになります。見方を変えられば、重力場によって、時間そして空間が歪められ、重力角速度が働いているように思えます。

 

 地表で通常感じる重力を 1G(9.8 m/s2)として、日常で重力加速度の変動を感じるのは、エレベータ(Elevator)に乗って昇降する時でしょうか。身体が重くなったり、軽くなったりして、少し落ち着かない気分になります。遊園地などでジェットコースター(Jet Coaster)に乗れば高い加速度を体感できます(富士急ハイランド ドドンパの最大加速度 4.25G)。登山をすれば、エレベスト頂上における重力は0.997Gに低下します。3%軽く感じる程度です。

 航空・有人宇宙において飛行士が許容できる加速度の調査が行なわれています。背中に重力を感じる姿勢が最も耐えられ、最大15Gまで許容できるとの結果もあります。逆にうつ伏せですと許容できる加速度が8Gまでに低下します。ロケットでの打上げ姿勢は、真横に寝そべって座り、仰向け(顔が上空を向く すなわち 上昇方向)となります。アポロ宇宙船を運んだサターンロケット(Saturn Rocket)では加速度が4G以下に抑えるように制御されていました。スペースシャトル(Space Shuttle)は、3G以下であり、宇宙飛行士にやさしい乗り物でした。

 

 地球上で生命は1Gの重力を受けて進化してきました。動物や人間が微小重力環境の宇宙へ滞在しても生存できることは確認されていますが、無重力が生命の進化へ与える影響は未知の研究領域です。カガーリンが宇宙飛行を行なう前では、高重力や無重力の環境下において人が生存できるかもわかりませんでした。

 高重力に対する医学的試験は、大きい遠心加速器を用いて、人が座るコックピットをぐんぐん回して、高い加速度を発生されます。ソ連の時代、宇宙飛行士を対象として極限まで試験することはできないため、平均的な頭脳と健康体を持つ軍人が選ばれ、極限の医学的試験が行われました。体験者によれば10Gを7分耐えることもあったそうです。それらの試験は国家機密であり、試験に参加したことを外部に漏らすこともできず、宇宙飛行への貢献を称えられることもなかったようです。

 そのようにして人が耐えられる加速度を知ることができました。しかし当時は、人が無重力 すなわち 重力を感知することが無い状況で生き残れるのかは確信が持てなかったようです。ソ連では、モスクワ大学にあるエレベーターを用いて2秒か3秒ほどの無重力を体感する試験が行われていました。アメリカでは、ボーイング707ジェット機に乗り、長い放物線上の弧を描いて飛んでいました。2分くらいの無重力環境を経験することができました。未知の無重力を克服してきました。

 

 しかしながら、長時間の無重力状態が人体に及ぼす影響として、平衡感覚の異常、血液循環の衰え、血液内の赤血球血漿の減少、骨の中のカルシウムの減少などが確認されています。重力による荷重がかかっていないため、骨の強度は低下していき、半年の宇宙滞在で平均15%減少するとの報告もあります。国際宇宙ステーションでは、毎日2時間の運動が計画的に組み込まれ、宇宙飛行士は体を鍛えています。減少する速度は抑えられますが、骨の強度は低下は防げていません。

 地球から離脱するためには、まだまだ大きな課題が立ちはだかっています。

 

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参考文献

  1. 宇宙への道 (1961年) (ポケット・ライブラリ)
  2. アポロとソユーズ―米ソ宇宙飛行士が明かした開発レースの真実
  3. 一般相対性理論の直観的方法
  4. Spacecraft Systems Engineering (Aerospace Series)
  5. ガガーリン ----世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で