チーム・マネジメント

有人宇宙の運用管制から、チームマネジメント、人間-機械システム、そしてヒューマンファクターズを考える

新しい時代には新しい資質が求められるのか 【正しい資質】

 ライトスタッフ(Right Stuff)とは、ある分野・状況に不可欠な資質、必要な条件(勇気・自信・信頼性、忍耐力、大胆さなど)を表す言葉です。トム・ウルフ(Tom Wolfe)が著したドキュメンタリー小説「The Right Stuff」が1979年に出版され、1983年には映画になりました。最初観たときは難解なストーリーに感じました。

 時代としては、米国最初の有人宇宙計画であるマーキュリー計画(the Mercury Project)が始まり、第1期宇宙飛行士として7人が選抜された頃です。宇宙飛行士には戦闘機パイロット出身が選ばれましたが、当初設計されていた宇宙船は操縦桿もなく人が座っているだけのカプセルでした。それをミサイルの代わりにロケット上段に取り付けて、アメリカ人が宇宙へ行けることを証明することでした。

 

 マーキュリー計画以前から航空機高速飛行計画が進められており、ベル・エアクラフト(Bell Aircraft)社が機体X-1を開発しました。米国カルフォルニアの砂漠の中に位置するエドワーズ空軍基地において、音速を超えるために試験飛行が進められていました。超えられない音速の壁が立ちはだかる中、多くのテストパイロットが不慮の事故により命を落としていました。

 マーキュリー計画の宇宙飛行士として選抜された7人が注目されていました。その裏では、テストパイロットのチャック・イェーガー(Charles Elwood "Chuck" Yeager)が音速の壁に挑み続けていました。音速に近づくほど衝撃波(Shock Wave)が生成され、空気の圧力、密度及び温度が急激に増加します。衝撃波によって生じる造波抵抗(Wave Drag)に打ち勝たなくてはならなく、それを通過する機体の振動も激しくなります。正に壁が存在しました。

 1947年、チャック・イェーガーがX-1に搭乗して、世界で初めて音速の壁を破りました。音速を超えるということは、航空機の前方には音は伝わないので、X-1が通り抜けた後ろ側に衝撃波を伴う爆音いわゆるソニックブーム(Sonic Boom)が轟きました。チャック・イェーガーの偉業が歴史に刻まれ、超音速時代の幕開けとなりました。

 

 戦闘機の超音速化は図られましたが、超音速旅客機(SST; Super Sonic Transport)として就航していたのはコンコルド(Concorde)のみです。通常の旅客機が飛ぶ2倍の高度を巡航速度マッハ2(音速の2倍)で飛行して、パリ~ニューヨーク間を3時間35分で運行していました。空港近辺でソニックブームによる騒音が問題となり、燃費も悪いため、経済性という点で通常の亜音速旅客機のほうが適していました。2000年7月25日にパリ郊外において墜落事故を起こしています。

 「The Right Stuff」で描かれているのは、超大国の競争という下で、自らの命を投げ打っても使命を果たそうとするテストパイロットそして宇宙飛行士の姿です。今日における平和であることは素晴らしいです。その中で死が身近に感じられない日本では、命を懸けても大義を果たそうという資質は理解を超えているように感じます。

 テストパイロットに求められる資質と宇宙飛行士に求められる資質も異なります。概念設計では宇宙船に座席があるだけでしたが、設計が進むにつれて操縦桿が設置されています。初期の飛行機では、操縦桿の操作で直接エレベータ(elevator)、ラダー(rudder)やエルロン(aileron)が連動するようになっていました。高速化及び大型化が進むにつれ、エレベータ・ラダー・エルロンの駆動に人力では操作できない大きな力が必要となるために、油圧が活用されます。

 

 現代の航空機でも採用されていますが、搭載電子機器のデジタル化が進み、操縦桿と機体を駆動させるアクチュエータ(actuator)の間には、コンピュータが介在するようになり、機体を制御しています。ただし、操縦桿の操作性は昔からの操作を踏襲して、操縦桿を引くと機首が上を向き、左に倒すと左に傾きます。プログラムを書き換えれば、逆の方向に動く特性を持たせることも可能です。

 宇宙機に搭載された操縦桿も、パイロット出身者が多い宇宙飛行士向けに航空機と同じような挙動をするようにしていますが、実際には姿勢制御用スラスターをコンピュータ制御の論理式に基づいて噴射するようになっていました。超高速を航行する宇宙機を、実際に人間が計算して、噴射する必要があるスラスターを選択して噴射させていたのでは、宇宙機は制御できないことが明らかになりました。

 

 今日では航空機に搭乗しても死を覚悟する必要もなく、パイロットが持っていた死に立ち向かう勇気という資質は必要なくなってきました。自動制御化が進んだ航空機では、常時操縦桿を握って機体を保つ必要もなく、パイロットは制御プログラムが正常に働いていることを監視する立場に変わってきています。

 アポロ宇宙船では、操縦桿ではなく、キーパットに数字や文字を入力することによって、制御プログラムを選択し、パラメータを入力していました。国際宇宙ステーションでは、ラップトップコンピュータに実装したGUI (Graphical User Interface)を通じて、システムを操作できるようになっています。SpaceX社が開発しているCrew Dragonではタッチパネルを通じて操作できると話題になりました。


 時代も刻々と変化をしており、正しい資質-ライトスタッフ(Right Stuff)-として求められる条件も異なってきています。初期のパイロットには、熟練した操縦技能を求められ、危機に対応できる能力が必要でした。今日では、コンピュータの知識やキーボード・タッチパネルによる操作が求められます。デジタル化が進んで、数値入力を間違ったために墜落事故も起きています。

 したがって、どんな仕事であっても正しい資質は必要となりますが、正しい資質は何かという明確な答えはないかもしれません。いつも問い続けていくべき問いなのかもしれません。

 

Chuck Yeager, The Right Stuff.


参考文献

  1. ライトスタッフ (字幕版)
  2. アポロとソユーズ―米ソ宇宙飛行士が明かした開発レースの真実
  3. デジタルアポロ ―月を目指せ 人と機械の挑戦―
  4. 航空力学の基礎 第3版



 

プロフェッショナルとしての1万時間の壁 【ベテラン】

 経験を積んで、その道に熟達している人をベテラン(veteran)と呼んでいます。米国において単に"Veteran"と呼んだ場合、退役軍人を示し、日本語の古兵(ふるつわもの)が英語の意味とも一致しています。我々が通常使っているベテランはどちらかと言うと和製英語であり、エキスパート"Expert"のほうが熟練者・達人を示していて適切かもしれません。

 実際の戦闘ではありませんが、百戦錬磨の古兵という意味も込めて、ここではベテランとして取り上げてみます。どのような職場にも、長年の経験を積んでいるベテランを見かけます。ただし、そのベテランとして格は人それぞれです。ベテランのふりをしていたり、ある分野に対する熟達者かもしれないし、他に代わる人がいない名人級な人も存在します。

 

 業務の経験値を高くならなければなりませんが、職人ともいえる卓越したレベルの技能と経験を獲得するためには累積1万時間以上継続した訓練が必要と言われます。単純計算してみると、1日8時間を費やしたとしても、3年半くらいの年月が必要となります。プロフェッショナル(Professional)として1万時間を必須とすると「石の上にも三年」のことわざにも一理あります。

 人間が技能やスキルを磨いて一人前になるためにはそれなりの期間が必要ですが、現代では効率が問われ、その必須の期間を若い人々に与えることができなくなっています。会社で人を育てることができなくなったから、即戦力としての人材を外に求めますが、そのような人材は世の中に限られています。しかも、日本だけではなく世界で取り合いとなっています。

 能力主義の格差が起きており、1万時間をクリアして引く手数多(あまた)な人たち、技能や経験を十分積めずに底辺に居続ける人たちに2分されてきています。世界的に若者の失業率が高いことも、この弊害が表れているように思えます。学生時代に自らの方向性を見出し、1万時間を達成できるかもしれません。しかし、求められるスキルも変化していることもあり、社会に出ても常に訓練を続けなければなりません。

 

 仕事でも、スポーツや趣味でも同じですが、新しいことにチャレンジするには、何段階の訓練が求められます。各段階を超えるためには、見えない壁が存在します。

① 導入期
上達の最初のステップで、専門期の厳しい練習に耐える意欲を育てる。専門的な知識や技術を身につけるよりも、練習そのものが楽しく、夢中になって取り組む「快体験」をすることが主眼になる。エキスパートの多くも、この時期は専門性を前面に出して教える指導者に付くことはほとんどなく、親や兄弟、そして友人と一緒に楽しく活動したり、自宅近所の教室の先生から楽しく指導を受けていたりすることが多い。

② 専門期
導入期で快体験を味わい、「もっと上達したい」という欲求をもった人が、次に進むステップ。「質の高い練習」を継続して行い、基礎基本を学ぶ。「成功体験」や「(夢中になる)フロー体験」を積むことが重要なため、その人の習熟度合いに合わせた難易度の課題を練習することが非常に大切になる。このため、専門的な指導者に付くのが一般的。

③ 発展期
上達の最終段階。基礎基本を越えて、自分の個性的なスタイルを確立し発展させる。この時期を経ることで、前記の「機械的」あるいは「手際のいい熟達者」から「適応的熟達者」に脱皮できる。選手や生徒が指導者から距離を取って自立的に成長することが大切なので、指導者はコーチというよりもアドバイザー的役割になる。

 引用:300人の達人研究からわかった上達の原則

  ベテランでも専門期を脱してもその先を目指さないかもしれません。これまでの経験から決められている技巧を効率的に続けることができます。手際のいい熟達者です。環境や条件が変わったり、技巧が古くなったとたんに、変化に適応できずに使えない人になることもあり得ます。本物のベテランになるためには、発展期を目指して自らスキルを上げていかなければなりません。

 以前ならばベテランは「できた人」として、過去の実績だけで評価されていました。だが、いざ非常事態となれば「できた人」では役に立ちません。本物のベテランならば「できる人」で居続けなければなりません。それには、環境や時代の変化を捉え、要求や向上レベルを高めたり調整して、更なる高みを目指さなければいけません。

 

 上達すべきスキルとは何か? 大量の情報にアクセスできるネットワーク、狭い意味の人工知能機械学習参考記事)を考えると、昔のように何々の職業に就いたほうが良いといえません。専門的な知識を身に着けたとしても、知識だけならば誰でもネットで入手できます。存在価値も直ぐに陳腐化していきます。

 社会がどのように変化しても必要となり、機械に変わられないもの。情熱を持ち続け、前向きに行動する習慣があることと思います。成果があげるのに、根気のいる作業そして途方もない努力が必要であっても、情熱があれば成果に結びつけることができます。そもそも機械などを用いて効率化を目指したら絶対に選択しない偉業です。

 世の中には悩ましい些細な問題で溢れています。それに追われてしまえば、毎日は過ぎ去っていき、充実した日々は過ごせません。人生で悩むのは立ち止まっているからであり、前向きに進んでいく力が重要です。進んでいけば見える景色は変わっていきます。そのためには、早起き、挨拶、整理整頓などの良い習慣が必要となります。健康・健全な身体を保つことも不可欠です。

 

 社会に出て成果をあげるには、1人でできることには限りがあります。複数の人々が集まって組織やチームの中で相乗効果を発揮し、社会に求められる貢献を行っています。個人が持つ弱点を少なくし、長所を生かすことがチーム構成の基本です。算数では1+1=2ですが、相乗効果によって1人+1人は3人力、5人力、10人力……にも達します。

 学校において、部活動などでチームとして目標を目指す訓練を積めますが、本業の学業では相変わらず個人個人に成績をつけ、学力(知識量、試験スキルなど)のみを評価しています。実社会で求めれるのはチームや組織で仕事ができる社会スキル(Social Skill)です。世界保健機関(WHO)は、社会スキルを「日常生活の中で出会う様々な問題や課題に、自分で、創造的でしかも効果のある対処ができる能力」と定義しています。「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」を著したロバート・フルガムの考えには一理あります。

 

 現代における「ベテラン」とは、「できた人」ではなく「できる人」で居続ける必要があります。知識や技能だけでなく、人間性や社会スキルが問われ、組織やチームの中で活躍し続ける人材であることが問われています。

 

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参考文献

  1. 失敗学のすすめ (講談社文庫)
  2. 機長のマネジメント―コックピットの安全哲学「クルー・リソース・マネジメント」
  3. ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉
  4. 300人の達人研究からわかった 上達の原則
  5. 危機管理のノウハウ part 3 危機に強いリーダーの条件 (PHP文庫 サ 1-3)
  6. これから知識社会で何が起こるのか

不可逆的選択に対する最終決定【Go/No Go】

 意思決定において、行動を決行するのか、中止するのか、判断に迷うことがあります。失敗が判明した後に元の状態に戻れるならば、先ずは実行してみて反応を見ることができます。失敗と判れば、直ぐに引き返し、影響は最小限に抑えられます。しかし、不可逆的な事項で、失敗したら重大な結果を伴うことならば、意思決定を慎重にならざるを得ません。

 しかしながら慎重を期したとして、全ての不安は解消されず、決断できずに時間だけ過ぎていくことになりかねません。先送りしたほうが良い案件もあるかもしれませんが、多くの場合は決定しなかったことで後手にまわって、次々と不利な状況となります(以前の記事)。

 意思決定はプロセスであり、チームとして決定する手続きが明確ならば、複数の目を通して、見落としを少なくでき、専門的な評価がなされるので、不確定要因はリスクの範囲内に抑えられるかもしれません。トップ1人で意思決定するようも格段に不安要素は減らすことができます。そのような体制が理想的なトップマネジメントの姿なのかもしれません。

 

 進むか(Go)それとも止まるか(No Go)について、明確の基準があれば判断を間違えることはなくなります。製造現場においてGo/No Goゲージ(Gauge)を設けて、通過したものを合格、通過できなかったものを不合格と判定します。ここでも設定する合否判定基準が重要となってきます。

 ロケットの打上げのように、一度燃料に着火してしまったら、固体燃料ロケットは止めることができず、液体燃料ロケットでも停止によってエンジンが損傷するかもしれません。射点から離れて上昇を開始し、予定していた軌跡を通過しなければ、地上に落下するかもしれません。地上に危険を及ぼすならば、射場安全(Range Safety)が破壊指令(Destruction Command)を送信して粉々に爆破します。有人ロケットならば破壊前に、打上げ脱出システム(Launch Escape System)を起動させて、クルー居住部をロケットから分離そして退避させます。

 ロケットでは、打上げ許容基準(LCC:Launch Commit Criteria)が規定されており、この基準を満たさない事象が確認されたならば、打ち上げは延期されます。基準も技術的な制約(性能低下、機器が壊れるなど)から設けられたもの、リスク軽減・安全性確保から設定されるもの(天候、領域に船舶がないなど)、政策的な制約(利害関係者との合意など)となるものがあります。

 

 すべてが順調であり、問題も起きておらず、基準もクリアしていれば、Goの意思表示を行うことは容易です。チームの意志として進むことが望まれている時、No Goを伝えることは勇気がいります。判断基準が明確であり、基準を逸脱することが明らかならば、止めることは誰もが納得します。

 ただし、基準を明確にしておかなかった場合、決断までの短時間のうちに、根拠とともにNo Goを伝えて、関係者を説得しなければなりません。人間の感情や恐れの要素が入り込み、技術根拠ではなく、政治的なプレッシャーから間違った決断をしてしまうことも考えられます。No Goの主張を貫くことができず大事故に至ったのは、チャレンジャー号事故を振り返って頂ければわかります(以前の記事)。

 状況が刻々と変化する中で、準備中や未解決な案件が片付くまで、Goを出すことができないこともあります。その場合、課題XXXが未解決であるがGoとの宣言(Go pending XXX)もあります。ただし、実行時点になっても課題が解決されていなければ すなわち No Goとなります。

 

 Go/No Goコールは映像的にも格好良く、このシーンに憧れて管制官になった人もいます。しかしながら、些細な決定まで毎回Go/No Goコールを行うのは時間も手間もかかるので、電子投票システムを活用してボタンで意思表示することも有効かもしれません。




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参考文献

  1. Failure Is Not an Option: Mission Control from Mercury to Apollo 13 and Beyond (English Edition)
  2. アポロ13号 奇跡の生還 (新潮文庫)