チーム・マネジメント

有人宇宙の運用管制から、チームマネジメント、人間-機械システム、そしてヒューマンファクターズを考える

【惨事(Tragedy)】 栄光なる失敗 アポロ13号(前半)

1970年 4月11日 19時13分(UTC)にアポロ13号が打上げられ、その後に起きた事故は、トム・ハンクス(Tom Hanks)主演の映画「アポロ13」としてもドラマ化されました。アポロ13号には、3名の宇宙飛行士 ジム・ラベル(James Lovell)、フレッド・ヘイズ(Fred Haise)、ジョン・スウィガード(John Swigert)が搭乗していました。宇宙における事故では如何に命が危機に晒されるかを物語っています。

事故の詳細については、映画「アポロ13」や参考文献を参照して頂くことにして、幾つかのポイントを解説していきます。なお、番号"13"は、キリストの最後の晩餐のときの人数が13人だったことから縁起の悪い数とされています。

アポロ宇宙船は、司令船(Command Module)、支援船(Service Module)、月着陸船(Lunar Module)から構成されます。アポロ13号の司令船の名前はオデッセイ(Odyssey)、月着陸船の名前はアクエリアス(Aquarius)と命名されていました。オデッセイ(Odyssey)は、日本ではミニバンの名称として知られ、映画の邦題にもなっていますが、ギリシア叙事詩から由来して「波乱に満ちた長い旅」を意味します。アクエリアス(Aquarius)は、スポーツ飲料にも用いられていますが、水瓶座のことです。

(a) 酸素タンクの破裂

事故の発端は支援船にある酸素タンクの一つが破裂しました。水素・酸素の貯蔵タンクは極低温(Cryogenic)を維持しています。水素・酸素の残存量を正確に計測するため、定期的にヒーターを入れ、ファンによって攪拌させることになっていました。ヒューストンからの指示を受けて、クルーがタンクの攪拌を開始させ、その後問題が発生しています。

事故後の検証において原因は判明しています。打上げ前の地上試験にて、酸素タンクから酸素を抜き出すためにヒーターが焚かれましたが、設計仕様では28V電源のところ、65V電源が使われました。そのため、安全スイッチが故障してしまい、酸素タンク内の配線の絶縁被膜を溶けたと事故報告がされています。誰もその不良に気付かず、アポロ13号は月へ向けて飛び立ちました。

酸素タンクの攪拌によって、被膜が溶けたむき出し配線に電流が流れてスパークし、タンク圧力が急激に上昇してタンクの破裂が引き起こされました。そして、支援船の外殻パネルも吹き飛ばされました。支援船には冗長構成で2台の酸素タンクが搭載されていましたが、1台は破裂によって瞬時に宇宙空間へ酸素が放出され、2台目からも酸素が漏れだして完全に失いました。冗長設計では、片方のタンクに不具合が起きても、残りのタンクでシステムを維持できるはずでしたが、一つの不具合でシステム崩壊が起きました。

警告ランプが点滅して、地上の管制官そしてクルーも問題が発生したことを認識しましたが、事態を把握するまで15分かかっています。クルーは船体の揺れを感じましたが、船外には音や衝撃波を伝える空気がないためにタンク破裂を認識できません。ヒューストンでは受信しているテレメトリ(遠隔データ)が異常すぎて、最初は通信機器の異常を疑っていました。船長ラベルから「何かが宇宙へ漏れているように見える。それはガスのようだ。」と報告がありました。ヒューストンでアポロ13号を指揮したジーン・クランツ(Gene Kranz)も貴重な15分を無駄にしたと回想しています。

(b) 燃料電池の喪失

2台の酸素タンクが失われました。酸素は、人間が生存する呼吸のために提供されるとともに、燃料電池(Fuel Cell)へ供給されていました。今日では燃料電池車の市販が始まりましたが、その技術は既に1960年代から米国の有人宇宙において実用化されていました。

燃料電池の仕組みは、水素と酸素を反応させて電力を発生させ、同時にその副産物として水及び熱が生み出されます。生成された水はクルーの飲料用としても利用されていました。補足ですが、スペースシャトルには燃料電池が搭載されていましたが、国際宇宙ステーションには搭載されていません。

酸素の供給が断たれて、燃料電池も停止し、電力が供給できなくなりました。司令船にある大気圏再突入用バッテリーからの給電となり、地球帰還に向けてバッテリーを温存するため、司令船及び支援船が遮断されました。しかし、飛行中に遮断した前例はなく、再起動手順も準備されていません。

アポロには月着陸船として独立した宇宙船が接続されており、月着陸船 アクエリアスを救命艇(Lifeboat)として急遽起動させます。月着陸船は2名のクルーが2日間滞在できるように設計され、3名のクルーを4日間滞在するためには課題が山積でした。地上の管制官やエンジニアも不眠不休の日々が続きました。

(c) 困難な姿勢保持

航空機や宇宙機では、地面のような支えがないため、機首がどちらを向いているか姿勢を把握する必要があります。姿勢を特定するため、慣性航行(Inertial Navigation)としてジャイロスコープ(Gyroscope)が用いられます。ジャイロスコープは、回転するこまを3つの回転軸で自由に向きを変えられるように支えた装置です。回転するこまは慣性空間に対して一定の方向を保ちます。

機体の姿勢によって、こまを支える3つの回転軸(Gimbal)の内2つが同じ方向になってしまうと、こまの動きが3次元から2次元に拘束されてしまいます。この状態をジンバルロック(Gimbal Lock)と呼んでおり、そうなると姿勢を見失ってしまいます。酸素の漏出によって宇宙船を回転させるトルクが発生しており、ジンバルロックを招く姿勢となる可能性がありました。

更に、月着陸船の上に司令船そして重い支援船が接続されたままとなっており、月着陸時の挙動とは大きく異なるため、マニュアルによる姿勢制御は困難を極めました。

(d) 自由帰還軌道への回帰

月への飛行では、地球の重力圏から離れて月の重力圏に入り、その後に月の重力圏から離れて地球の重力圏に戻る必要があります。宇宙船が自由帰還軌道(Free-Return Trajectory)に乗っていれば、追加の軌道制御無しで、8の字を描いたブーメランのように月を通り過ぎた後に地球に戻って来られます。

アポロ13号は月面着地点の都合で自由帰還軌道から外れていました。もし軌道変更ができなければ、地球には戻れずに永久に宇宙空間を漂うことになります。そうなれば誰も助けに行けず、生命維持が途絶えて絶望的な最期を迎えることになりました。船長ラベルが後に語ったところによると、せめて地球の大気圏には辿り着きたいと願っていたそうです。

その後、月着陸船のエンジンによって自由帰還軌道に復帰でき、地球への帰路に就くことができました。アポロ13号は、地球から見ることができない月の背面を通り過ぎ、残り半分の道程です。

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Credit: NASA

参考文献