チーム・マネジメント

有人宇宙の運用管制から、チームマネジメント、人間-機械システム、そしてヒューマンファクターズを考える

複雑なシステムの挙動を予測できるのか 【カオス】

 「太陽系の中で地球はどのように運動しているのだろうか?」 古代の天文学者も長年に渡って思索していた問いです。物理学、天文学、又は宇宙工学を学ばれた方ならば、ケプラーの法則はご存じだと思います。ケプラーの法則は、ヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler)によって発見された惑星の運動に関する法則です。

ケプラーの法則(Kepler's laws)
第1法則(楕円軌道の法則)
 惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。
第2法則(面積速度一定の法則
 惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は一定である。
第3法則(調和の法則)
 惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する。

 ケプラーの法則は、ニュートン(Sir Isaac Newton)が発見した万有引力の法則(the law of gravitation)そしてニュートン力学(Newtonian mechanics)を用いて、論理的に綺麗に導き出されます。理論なので仮定の上で成り立っており、太陽と惑星の2つの物体しか存在しない場合となります。軌道力学(Orbital mechanics)では2体問題(two-body problem)と呼んでいます。

 太陽を周回する地球の運動は、太陽を中心としたほぼ円軌道(離心率 0.0167)です。太陽による引力が大部分ですが、実際には月や木星などによる影響も受けています。太陽が支配的であるため、ケプラーの法則を用いてもそれほどの誤差は生じません。

 2体問題として、地球の周りを周回する宇宙機(Spacecraft)はどうでしょうか? 運動を表すことに高い精度を求めないのであればケプラーの法則を用いて、地球をひとつの焦点とする楕円軌道となります。実際の宇宙機の運動は、その楕円軌道からずれることになります。その原因は、地球が真球の形をしていないために重力が歪んでいたり、空気による抵抗、月による引力などが挙げられます。地球引力以外に働く力を摂動(perturbation)と呼んでいます。

 太陽系は、水星、金星、地球、火星、木星土星天王星海王星と8つの惑星から構成され(2006年 冥王星準惑星に変更されました)、実際の運動は多体問題(many-body problem)で、数学的に説くことはできません。しかし、コンピュータを用いてシミュレーションを行い、運動の軌跡を描くことはできます。太陽系が誕生して46億年が経過して、数多くの微惑星が衝突そして合体が繰り返されて、現在の惑星配列が整って安定した状態で惑星間の距離は離れています。そのため、ケプラーの法則を用いてもそれほど違いはありません。

 

 しかしながら、宇宙活動が進捗して、地球から離れて月に近づく宇宙機の運動はどうなるのでしょうか? 地球、月、宇宙機の3体問題(three-body problem)として研究が進められてきました。3体問題は幾つかの仮定を設定することによって特殊解が導き出されます。ご承知の方もいると思いますが、その特殊解としてラグランジュ点(Lagrangian Points)が提起されました。

 3体問題に3つの仮定を置き、①3体(地球、月、宇宙機)ともに同じ平面上を運動している。②1体(宇宙機)が他の2体に影響を及ぼさないほど微小である。③2体(月、宇宙機)の軌道を円軌道とする。その特殊解が示すことは5ヶ所の点で重力が均衡になります。それらの点のことをラグランジュ点と呼んでいます。

 地球と月を結んだ線上に3ヶ所 L1、L2、L3が存在します。この3ヶ所のラグランジュ点上で留まることができますが、少しでもずれるとラグランジュ点から離れる方向に力が働くために不安定です。それに対して、周回軌道を月よりも60度先行した位置 L4 と60度後ろの位置 L5 では、少しでもずれるとラグランジュ点へ戻る力が働くために安定です。将来の宇宙活動に向けて、誰が(どの国が)ラグランジュ点を支配するかに焦点が移ってきています。

追記[2017.12.14] L1、L2、L3を周回する軌道をハロー軌道(Halo Orbit)と呼びます。米国とロシアが協力を進める月近傍有人拠点 深宇宙探査ゲートウェイ(Deep Space Gateway)はL1に建設されることになりそうです。

 

 3体問題ですら解析的に理解するのは困難となってきますが、更に多体問題ともなると理解不可能です。まさに混沌として無秩序なカオス(Chaos)現象となります。多体問題の例として、おもに火星と木星の軌道の間にある小惑星群があげられます。小惑星の軌道は惑星による引力によっても乱れやすく、火星より内側に軌道を変える可能性もあります。そして、地球にも接近して、場合によっては衝突する確率もゼロではありません。少しの摂動による変化を受けて、小惑星が隕石として地球に衝突することは、多体問題のために予測ができません。

 多体問題として、近年問題として認識されている宇宙デブリ(Space Debris)です。宇宙デブリは、自然な宇宙塵もありますが、増加の一途であるのは打上げロケットや人工衛星の残骸や破片などです。地球を周回する物体は、第一宇宙速度以上になると地球の周りを回り続けます(以前の記事)。10 cm 以上の大きいものが約2万個あると報告されています(2010年 現在)。デブリの追跡がなされていますが、摂動やデブリ同士の衝突などによって、長期間にわたって軌道を予測することは困難です。

 地球の空気による抵抗によって、高度 600 km 以下のデブリならば数年で落下して、大気との摩擦によって燃え尽きます(チタンやステンレス合金など融点が高い部品は落下する危険性は残ります)。したがって、地上で被害を受ける可能性はかなり小さいです。ただし、地球周回軌道上で約 8 km/sの猛スピードでデブリに衝突されれば、ロケットや人工衛星は甚大の被害を受けます(実際には、人工衛星も約 8 km/sで飛んでいるため、相対速度はそれほど大きくないはずです)。また高度が高いデブリならば、永久に地球へ落下することはなく、消滅することもありません。

 宇宙飛行士が住むことができる国際宇宙ステーションでは、デブリによる被害を最小限とするため、デブリバンパー(Debris Bumper)が外壁に設置されています。デブリバンパーは薄い金属板であり、もしデブリが衝突してもバンパーが溶けたり、変形したり、穴が開くことで、デブリの運動エネルギーを熱に変えて、居住空間の外壁が維持すべき気密性は失われないように設計されています。バンパーによって 1 cm 以下のデブリを防御できますが、大きなデブリは外壁まで貫通してしまいます。10 cm 以上のデブリが衝突しそうだったら、ステーションの軌道を変更して逃げるしかありません。

 

 多体問題ようなカオス現象 すなわち わずかの差が時間経過後に大きな違いが生じて予測できない現象を引きおこすことに注目が向けられています。この現象は、気象学者 エドワード・ローレンツ(Edward Norton Lorenz)が発表した論文「予測可能性:ブラジルの蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか」からバタフライ効果(butterfly effect)としても知られています。ローレンツがコンピュータ上で気象予想プログラムを実行していたところ、入力値が「0.506127」と「0.506」の違いで、全く異なる予想が出力されました。多種多様な小さな要素が影響を与えるならば、その結論には不確実性が踏まれており、予測困難になります。

 システムが巨大になるにつれ、難解(complicated)であるうちは挙動を理解できますが、複雑(complex)となって多くの部分が入り組んで錯綜してくると、中長期的な挙動を予測することは不可能となってきます。新しいテクノロジーによって、スピードアップそしてネットワークが張り巡らせ、複雑(complex)システムとして再構築されてきています。そして、バタフライ効果による影響を受けてカオス現象に囲まれるようになってきました。そのようなカオスの中で、生き残りを模索しなければならないのです。

 

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参考文献

  1. 物理数学の直観的方法―理工系で学ぶ数学「難所突破」の特効薬〈普及版〉 (ブルーバックス)
  2. 私たちは宇宙から見られている? 「地球外生命」探求の最前線
  3. スペースデブリ: 宇宙活動の持続的発展をめざして
  4. Modern Spacecraft Dynamics and Control
  5. Satellite Orbits: Models, Methods and Applications
  6. TEAM OF TEAMS (チーム・オブ・チームズ)