チーム・マネジメント

有人宇宙の運用管制から、チームマネジメント、人間-機械システム、そしてヒューマンファクターズを考える

チームをまとめ上げて指揮する力 【ミッション管制】

 指揮官は必要であるのか? 階層が少ないフラットな組織に移行してきました。実現できるのは情報通信技術(ICT)の進歩によって、リーダーから多くのフォロワーへ情報連絡が可能となり、事務手続きが紙媒体の申請書から電子的に処理できるようになってきたことも一因と考えます。実際に効率化と称して中間管理職を削減してきた組織もあると思われます。究極的にトップもおらずメンバーだけで構成される組織は成り立つのでしょうか?

 

 多くの専門家から構成される組織は管弦楽を演奏するオーケストラに似ています。様々な楽器を演奏する楽団員を指揮者が束ねています。それでは、オーケストラから指揮者を追放してしまったらどうなるのか? その様子をフェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)が監督した映画「オーケストラ・リハーサル」で描いています。

ある客員指揮者がオーケストラのリハーサルに訪れる。だが、団員たちはけんか腰で迎え、「おれたちに演奏のやり方を教えるだなんて、あんたいったい何様のつもりだ?」と突っかかってくる。こっちはこの曲をもう千回も演奏してきたんだ! あんたの指図どおりじゃなく好きなようにやらせてくれたら、出来栄えもぐんとよくなるさ。芸術ってのは自由な創造力によって高められていくんじゃないのか? 権威を振りかざす指揮者は表現の自由を抑えつけているんじゃないのかい?

かくして団員たちは指揮者に反旗をひるがえし、ステージから追い払ってしまう。ついに自由を勝ち取ったのだ!

ところがいざ自分たちだけでリハーサルに取りかかってみると、まったく収拾がつかず、まもなく団員同士が殴り合いまで始める始末となる。怪我人が出て、楽器も壊される。ついに団員たちは指揮者に戻ってきてほしいと泣きつく。今度ばかりは、指揮者がドイツ語で曲調の指示を与えても、誰ひとり与太を飛ばす者などいなかった。

 ニュースとなっている話題を聞いていても、民主主義の国家でも、取締会が仕切る会社でも、議員や取締役が好き勝手に言い合い、同様な無秩序状態となり、何もできず、膠着して進まない状況に陥っています。民主主義には強者の論理である多数決による問題点(以前の記事)を抱えており、英国元首相ウィンストン・チャーチル(Winton Churchill)は「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが。」と述べています。

 

 有人宇宙を指揮してきたミッション管制(Mission Control)においても、管制室にぞれぞれの分野・サブシステムの専門家が集結して、その先鋭達をチームとしてまとめていくのが、指揮官であるフライトディレクター(Flight Director)です。宇宙機の速度は8 km/s。一瞬の判断ミスが致命傷になりかけない。可能な限り、異常時の対応を手順や規則に書き出しおきますが、瞬時で適切に活用できるかは管制官の腕にかかっています。そのため、実際の運用の前にシミュレーションにて何度も何度も演習を積んで、チームとしての能力も高めていきます。

 

 機械やコンピュータが幾ら能力を向上しようと、目標となるミッションを達成するのは人々です。ミッションを生み出して、真剣に悩んで選択し、懸命に実行に移せるのは人間だけです。ミッション設計では、人の情熱と熱意によってミッションが定義され、周りの人々を巻き込んで、メンバーのやる気という炎を点火できなければなりません。ミッションを達成するため、リーダーは、自らの信念を込めてぶれずに、進む道を示し続けなければなりません。

 有人宇宙におけるミッションには、夢を追い求めて人々が集結しており、やはり指揮する者が必要となります。人が一人でできることはほんの少しであり、チームとして構成して指揮しなければ、偉業を成し遂げることはできません。地球上の人間には平等に1日24時間が与えられています。ぶっ続けに24時間働くことはできず、一人には限界があります。チームとして機能するため、メンバーに求められる資質について、ミッション管制の設立趣旨に掲げられています(以前の記事)。

一人でマーキュリー管制室を歩いていると、航空機と対面している時と同じことを感じた。最終的には家にいるようだ。テレメトリ、通信、画面表示の領域は、ホロマン空軍基地にある施設のようだ。しかし、管制室それ自体に対応するものは無い。

この部屋は各辺が約60フィート(18メートル)の四角形で、前面には世界地図が占めている。その地図には、円形が連続して並び、雄牛の目のような場所は世界中に繋がった追跡局のネットワークを示している。それぞれの下には、多くの違った未定義で理解できない記号が表示される箱がある。おもちゃのような宇宙機モデルは、針金によって吊るされ、軌跡を描いて地図上を動く。子供が計算を教わるためのアバカス(abacus)のように、16個ある厳密な計測がスライドするビー ズによって示される板が地図のそれぞれ側に設置されている。世界を廻るカプセルのように針金によって上下する。4年が経ってこの技術は古くなったが、ミッション管制のコンセプトは残っている。

計器類やコンソール画面は、最終的にはコンピュータに連動するテレビ画面に置き換えられ、実際の宇宙機データを即時に管制官が参照できるようになった。デジタルシステムによって、宇宙システムを地上から制御することも可能になった。あらゆる飛行の目的を成し遂げるため、宇宙機のクルーと共に協調して、地上の管制官が作業できるようになった。しかしながら、まだそこまで到達しておらず、現状では、我々は、貧弱な通信、第一世代のソリッドステートコンピュータ、計算尺、度胸でミッションを管制しなければならなかった。我々は、宇宙飛行においてリンドバーグの段階にいた。

ジーン・クランツ(Gene Kranz)

 有人宇宙ミッションにおいてクルーの生存を守る最後の砦がミッション管制です。その意思、その熱い思いは、人から人へでないと伝わらないです。

 

Aerial photograph of Johnson Space Center

 

参考文献

  1. Failure Is Not an Option: Mission Control from Mercury to Apollo 13 and Beyond (English Edition)
  2. 何が一番「効果的」か―マキャヴェリの「指導者」絶対法則
  3. 一瞬で判断する力

  4. 考え方~人生・仕事の結果が変わる