新たなことを生み出す力【イノベーション】
イノベーションの機会は通常、現場に近いところで見出される。それは、計画屋が対象とする膨大な総体ではなく、そこから逸脱したもののなかに見出される。予期せぬ成功や失敗、ギャップ、ニーズ、「半分入っている」から「半分空である」への認識の変化に見出される。それから逸脱したものが計画屋の目にとまるようになったころには、もう遅い。イノベーションの機会は、暴風雨のようにではなくそよ風のように来て、去る。 ピーター・ドラッカー
イノベーション(Innovation)とは、意味として「これまでとは異なった新しい発展、革新、新機軸」となりますが、重要だから獲得しようと意気込んでも上手くいきません。成熟した社会において、イノベーションと聞くと凄いもので、希少なものという認識を抱かされます。確かにイノベーションを先取りできれば、市場や競争等において有利な立場に立てるでしょう。先見性には、挑戦する力や意志が必要であり、失敗した時に許容できる寛容さも求められます。
イノベーションを象徴するものとしてアップル社のiPhone(日本においてiPhoneの商標権は既にアイホン株式会社が取得しており、アップルは使用許諾を得ています。)があげられます。製品としてのiPhone自体には、最新技術は盛り込まれていましたが、電話、タッチパネル、カメラ、インターネット接続などの機能を持つ同様な製品は他でもありました。
イノベーションとは、既存の製品に新しい用途を見つけることである。イヌイットに食物の凍結防止用として冷蔵庫を売ることは、新しい工程の開発や、新しい製品の発明に劣らないイノベーションである。イヌイットに売ることは、新しい市場を開拓することである。凍結防止用として売ることは、新製品を創造することである。技術的には既存の製品があるだけだが、経済的にはイノベーションが行われている。 ピーター・ドラッカー
誰でも欲しくて使いたくなる魅力、やや高価だが手に入る価格、実用できる通信サービスを引っ提げて、iPhoneは爆発的な販売台数となりました。製品がイノベーションであったわけでなく、全てを組み合わせたパッケージがイノベーションでした。スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)が描いた未来像であり、その実現には様々な課題が立ちはだかっていました。それを乗り越えるためには、改善や効率化では達成できず、人が秘めている時として狂ったような情熱が必須となります。
イノベーションを実現するには、その源となるインスピレーション(Inspiration)を持つことができる感受性を持っていなければなりません。インスピレーションとは「創作、思考などの過程において、瞬間的に浮かぶ考え、新たな飛躍的活動を促す時にそれが言う。ひらめき。霊感。」を示します。現状の人工知能(AI)には、インスピレーションを働かせること、そしてイノベーションを起こすことは不可能です。
マツダ ロータリーエンジン研究部での山本は、データや装置に頼る部下を戒めた。コンピュータは、人間を助けて、重要な働きをなすが、アイデアは生まれない。人間がまず考え、実験をやり、成功したあとから理論の裏付けをする。人間だからこそ、アイデアはを生む。しかし、平凡に過ごす技術者は、アイデアにたどり着けない。
時に殺気立つほどの厳しさの裏で、山本は、人間の無限の可能性と本質を見抜き、信じていた。「インスピレーションは、確かに人間の特権だが、誰でもいつでも生まれるものではない。考えに考えに、あらゆることを試み、ぎりぎりのところで自分を追い込む努力をした人間のみにあたえられるものだ」 プロジェクトX
我々は成功した事例をイノベーションとして強調しますが、イノベーションは何時でも何処でも行われています。デフレの影響が強く残る日本では、管理や統制といった取締りが強化され、コスト削減や効率化と称して規格や手続きで拘束し、法令違反ではないのに内部規定から逸脱すればコンプライアンス違反と過度に責め立てられます。その結果として、イノベーションの芽は摘まれてしまいます。現状において成果が上がっている業務では、効率化、規格化、無駄の排除を進めることによって、現状の利益を最大にさせることはできます。それだけのことです。外部環境が変化すれば、利益優先という極限な状態は脆く崩れ去ります。
ここからはあくまで私論になりますが、たとえば先ほど紹介したの15%ルールのように、正規業務にとらわれないで知の探索活動をできる環境は、昔の日本企業にはより豊富にあったのかもしれません。
たとえば、「ヤミ研」などはそれにあたるのではないでしようか。以前の日本メーカーでは、開発者たちが上司に内緒で、正規業務が終わった深夜にこっそり行う「闇」の研究、すなわちヤミ研が頻繁に行われていたようです。日本メーカーのヒット商品はヤミ研から生まれたものが少なくないのです。
ヤミ研は、「知の探索」活動に近いといえます。なぜなら、まさに闇で行う研究開発なのですから、既存の業務や現時点でのヒット商品にしばられないで、新しい知を探求することができるからです。
もちろん、あくまでこれは正規業務の範囲外の活動です。残業代も出なければ、会社が開発体制をサポートしてくれるわけでもありません。しかしながら、以前の日本企業にはこのような活動を大目に見てくれる雰囲気があったのも事実でしょう。すなわち、3Mのように明示的にルール作りはしなかったけれど、インフォーマルに知の探索活動を許容し、促すような土壌が日本企業の強さの理由の一つだったのではないでしようか。
世界の経営学者はいま何を考えているのか 入山 章栄
iPhone原型の検討資料にSONYと書かれたモバイルフォンの資料が含まれていたことが知られるようになりました。製品ハードウェアとしては日本企業でも製作はできたでしょうが、製造コスト、当時のモバイル通信速度では使用に耐えれませんでした。ソニーは製品化しても高価すぎて売れないと判断していたのかもしれません。アップルは、ウォークマンに匹敵するiPod/iTuneで音楽配信にイノベーションを図り、そのノウハウを生かして品質を維持して製造を外注委託し、世界的にマーケティングして大量受注して製造コストを抑えました。アップルのブランド力を活かし、モバイル通信で全米1位だったAT&Tと協力して、高速モバイル通信である3Gそして4G(LTE)を普及させました。
イノベーションは環境によって影響を受けることが明らかになってきました。米国シリコンバレーでイノベーションが盛んになったのは、様々なアイデアを持った人々や企業が集まり、頻繁にそれぞれの意見交換が進められていたからです。多様性(diversity)の考えや知識を混ぜ合わせることによって、新しいアイデアが生み出されます。人々が行き来する都市がますます繁栄していく理由は、多様性が生み出す新しい価値に一因があるのかもしれません。
知識管理(knowledge management)が重要と認識され始めたとき、知識を情報やデータに書き写して、分類して、誰でも参照できるように管理することと理解していました。しかし、実際には書き写すことができない暗黙知(以前の記事)もあり、データベースとして整理・登録するには膨大な作業時間が必要で、内容によっては時間とともに陳腐化して古新聞となってしまいます。
リストに上がっていた知識が全てデータベースに登録できたとして(現実には不可能ですが)、複数の関係者が同じ情報や知識を有していたとします。その関係者が集まった組織からデータベース以上のものは出てきません。複数の人が全ての知識を共有したとしても、一人が把握しているのと結果は同じであり、一人以上の力を発揮できません。
それに対して多様性を発揮し、個人それぞれが異なった専門知識や発想を持って、チームとして目標に向かって意見を出し合い、小さな改善から新たな発見を実務に反映していけば、新たな価値を生み出すことができると思います。組織の強みは、個人の弱みを補って、個人の得意なことを強化して生かすことです。個人はそれぞれ得意な分野に特化して専門知識を習得し、チームとして各人の知識や能力を集結して業務にあたることが求められます。
ネットワーク化された組織について、情報端末が常時接続されたシステムを構築すれば良いと考えられていましたが、今日では個人でも常時接続になっています。情報交換ならば、電子メール、チャットやSNSの機能で十分です。しかし、課題や問題解決となると、ネットワークで交換される情報では不十分であることが明らかになってきました。
組織学習(組織が経験によって学習した情報の蓄積)における重要な語句として、人との繋がり(ネットワーク)を重視したトランザクティブ・メモリー(Transactive Memory)が注目されています。1980年代半ばに社会心理学者 ダニエル・ウェグナー(Daniel M. Wegner)が提唱しました。日本語に訳すると「対人交流的記憶」となりますが意味が分かりずらいです。トランザクティブ・メモリーとは、組織全体で『同じ知識を記憶すること』ではなく、組織内で『誰が何を知っているかを把握すること』という考え方です。
問題や課題が発生した時、早急に解決するため、誰に問い合わせれば良いかが思い浮かび、その専門家に連絡が取れれば、一人であれこれ悩む時間の喪失も少なく済みます。逆に、日ごろから自ら特定分野の専門家としてその分野を追及し、関係者へ知らせておく必要があります。各自が専門知識を蓄積していたとしても、組織としてその知識を必要な時に引き出せなければ、無駄となってしまいます。トランザクティブ・メモリーを高める環境を整備する必要があります。やはり、顔と顔を合わせたコミュニケーションが取れる環境が効果的であることがわかってきました。
ひと昔の会社や団体における「たばこ部屋」では、様々な部署の人が一服するために集まり、雑談を通じて、トランザクティブ・メモリーの向上が図られていました。喫煙による健康被害が問われ、喫煙家が減少するなかで、その機能は後退しています。そのため、オフィスの休憩場所にカフェスペースやカフェテリアを設けて、休憩で珈琲やお茶などを飲みながら、雑談できる場を作り出したりしています。
新しいアイデアを試みる際、組織力もあり計画的な組織ほど、最初から卓上で計画を練って大々的に試みを始めて、大きな損失を伴う失敗をするかもしれません。小さいことから始めて、仮説を立てて、アイデアを試し、検証して仮説を強化又は修正していく必要があります。成功するため、どのくらいの回数を検証すれば良いのかは明らかではないです。
ベゾスはこうした経験からイノベーションには実験が不可欠であることを学び、アマゾンで実験を制度化しようと努めてきた。「実験はイノベーションのカギだ。予想通りの結果が出ることはめったになく、多くを学べるから」とベゾス。「社員には、あえて袋小路に入り込んで、実験しろとハッパをかけている。実験にかかるコストを減らして、できるだけたくさん実験できるようにしている。実験の回数を100回から1000回に増やせば、イノベーションの数も劇的に増える。」
イノベーションのDNA クレイトン・クリステンセン
アイデアを実現するには、実際は様々な制約や制限が加わっています。実行に移してみないとわからないことも沢山あります。全くのゼロ(0)からイチ(1)が生み出されば格好いいかもしれませんが、現実には様々な知識や情報が複合的に絡み合って、新しいことが生みだされていきます。激変する時代において、現状のままでは衰退するのみであり、新たなことを生み出す力がなければ生き抜いていくことはできません。
まずは、トランザクティブ・メモリーを高めて、周りの人に創造的な話題について話してみるのはどうでしょうか。
参考文献