チーム・マネジメント

チームマネジメント、人間-機械システム、そしてヒューマンファクターズを考える

システムは管制官の頭脳の中にある 【システムハンドブック】

 宇宙機(Spacecraft)を運用するということは、手元にない見えないシステムを理解し、システムの挙動を想像して、指令・コマンド(Command)を送り、その反応を遠隔データ・テレメトリ(Telemetry)から判断する必要があります。そのようなシステム運用の担い手が管制官(Flight Controller)です。

 無線通信を用いたデータ伝送の大容量化が進んでいるとはいえ、入手できるテレメトリには限りがあります(以前の記事)。その限定されたテレメトリからシステムの状態を理解して、異常が発生していないことを確認する必要があります。一点のデータのみでは判りませんが、時系列にならべてトレンドの変化を捉えたり、他のデータと比較して相関がないかを評価して、現状を把握します。例えば、日照になれば構体の温度が上昇しますし、日陰に入れば低下します。制限値を超えて低下するならば保温ヒータが故障しているのかもしれません。

 制限値を超えたならばアラームが鳴るように設定しておけば、異常値になったことを気付くことはできます。その後、限られたテレメトリを参照して、問題点を識別し 、その影響が他へ波及しないように処置しなければなりません。異常個所・不具合内容を確実に知ることができれば、対処手順を流すだけであり、自動的に機械でも実施できるかもしれません。実際には、不確実な情報、推測される事象、未知の状況などから正しく判断するため、システムへの理解が欠かせません。

 

 航空機や人工衛星といった民生品ならば、マニュアルが作成・整備されており、訓練を通じて最低限のシステムを理解することができます。航空機のパイロット向けのように、訓練がシステム化されていれば訓練効率は良いかもしれません。しかし、大規模な訓練カリキュラム・シミュレータを整備して、インストラクターも養成しなければなりません。少数の管制官を対象とした訓練に適用することは困難です。

 世界に唯一となるシステムであり、国際または国家プロジェクトでなければ、訓練組織を立ち上げることはコストに見合わず躊躇してしまいます。システムを理解するためには、ハードウェアならば設計図や仕様を確認したり、ソフトウェアならば機能を知る必要があります。ただし、システム開発に必要な設計情報とシステムを運用する上で必要な参照情報や運用データは異なります。

 有人宇宙においてシステムの知識を習得するにあたり、人間の記憶で全てを覚えておくことはできないため、様々な設計情報、制約やデータを1つの資料に整理していきます。その資料の呼び名は、運用マニュアル(Operation Manual)、システムマニュアル(System Manual)、システムハンドブック(System Handbook)などと呼ばれますが、ここではシステムハンドブックとの用語を用います。システム運用において、各自常に携帯して、必要な時に直ぐ参照できるように準備しています。

 

 システムの設計段階では、仕様書や設計審査会の資料などのレビューを通じて、システムを理解しやすい図面や説明などがあったら、システムハンドブック(案)のファイルに綴じておきます。設計上で解決すべき問題が発生した場合、いずれの解決案を取ったとしてもシステム制約として残る可能性があります。それに対する検討内容を保存しておいても良いかもしれません。

 製造段階となればハードウェアが組み合ってきます。打ち上げ後には2度と見ることはできないので、機会を見つけて可能な限り写真を取っておくべきです。デジカメならば記憶媒体やサーバに大量の写真データを保存しておく必要があります。ただし、写真データを整理して、いつ何処で何を取ったのかを記録しなければならなく、それなりの作業時間が取られてしまいます。後日不具合が発生した場合、大変に参考となる情報になります。

 試験段階では、ハードウェアとソフトウェアも統合され、仕様として定められている機能・性能を発揮できることの検証がなされます。検証されていない機能は使えないし、当初の性能が出せていなければシステム全体にも影響がでます。試験で不可であったことは、実環境においても力を発揮することは当然無理です。試験ではシステムの実力値を知ることができ、試験データは貴重です。また、試験で使用した手順は実機に使用する運用手順の源泉として活用できます(以前の記事)。

 

 システムの運用段階に移行する前に、収集した資料やデータをまとめる時間が必要となります。開発が進むにつれて設計変更されたかもしれないため、設計情報は最新であることも照合すべきです。そして、分かりやすい説明でシステムを解説をします(System Description)。そのため、設計図面を簡素化して線図(Diagram, Drawing)を作図したり、特徴的な写真を掲載したりします。ソフトウェアで実現されている機能を解説するのは、概念的な説明が多くなるため、文書力が試されるかもしれません。

 システムハンドブックを書き上げた管制官ならば、システムとして捉えて深く理解しているため、自分が取ったアクションによって、システムがどのように駆動するかを把握できます。異常なデータを参照しただけで、システムのどの部分に問題が発生しているのか、早急に対処すべきであるまたはモニタを続けるのかを判断できます。そのような高い域に到達すれば、実際のシステムと同等なものが管制官の頭脳の中に存在しています。

 複雑かつ大規模なシステムならば、1人だけの力でシステムハンドブックを仕上げることは間に合わないため、チームとして分担して仕上げることになります。通信系、電力系、データ処理系などのサブシステムに分割してハンドブックを構成することが多いです。書き上げた人はそのサブシステム分野の専門家となっているため、チームメンバーによる文書レビューや勉強会などを通じて、チームとしてシステム理解を深めることができます。

 日常にある様々なシステムが複雑かつ大規模となってきており、我々の取り組み方が参考になればと思い、システムハンドブックについて語ってみました。

 

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参考文献

  1. Failure Is Not an Option: Mission Control From Mercury to Apollo 13 and Beyond
  2. デジタルアポロ ―月を目指せ 人と機械の挑戦―