チーム・マネジメント

有人宇宙の運用管制から、チームマネジメント、人間-機械システム、そしてヒューマンファクターズを考える

現代における技術継承を再考する

日本語で『技術』と言うと、「物事をたくみに行う技巧」から「科学の理論を実際に応用し、自然を人間生活に役立つように利用する手段」までの広い意味を含んでいます。技術に訳される英単語を列挙してみると、テクノロジー (Technology)、エンジニアリング (Engineering)、テクニック (Technique)、ノウハウ (Know-how)、アート (Art)、クラフト (Craft)、スキル (Skill)など細分化されています。それぞれ英単語の意味もまとめてみました。

  • テクノロジー ・・・科学技術そのもの。科学技術を利用する方法論の体系。
  • エンジニアリング ・・・科学技術を応用して物品を生産する技術。工学。
  • テクニック・・・技法。技巧(物事を取り扱う方法)。手腕。
  • ノウハウ・・・あることを成し遂げるための方法。物事のやり方。
  • アート・・・芸術・美術の意味が強いが、技芸、熟練の技、術の意味もある。
  • クラフト・・・技能(物事を行う腕前)。工芸(製造に係わる技芸)。
  • スキル・・・訓練や経験などによって身につけた技能。手練(熟練した手ぎわ)。

したがって、一概に技術継承と言ってしまうと引き継ぐ内容が幅広く漠然としており、その目的や範囲について再確認したほうが良いかもしれません。古くから技術の伝承が求められたのは、匠(たくみ)や職人の世界だと思います。ここで引き継がれた技術とは人間が修得した技能や技巧を示していました。人生五十年それより短命であった時代であり、印刷機も未だ発明されておらず、全ての知識及び技(わざ)を先人から学び、受け継ぐ必要がありました。そのため、師弟関係が尊重され、厳しい修行を通じて伝承されてきました。

継承において引用される「守破離」とは、もともと茶道での言葉でしたが、職人の世界でも大事にされてきた考え方です。最初は師匠の言いつけを守って定石通りに仕事をし「守」、一人前になったところで基本を大事にしつつも個性を出すようにし「破」、技を極めたところで完全に独創的な世界に踏み出していく「離」を意味しています。

技術革新として、1775年に発明された蒸気機関が教科書でも紹介されています。それ以前に発明されて世界を変えた技術として、1440年に開発された印刷機があげられます。それまで、情報を記録し、知識を蓄積した書物を製作するにも、複写するには書き写す膨大な労力を費やす必要がありました。印刷機の登場によって、知識の蓄積や情報の発信も劇的に変化しました。

更に現代では、印刷技術の発達とともに情報通信技術が進歩しており、データ蓄積・送信に費やされるコストは大幅に低下しています。このような時代における技術継承について考えてみます。

科学技術の進歩に伴って、専門分野について数多くの論文や実験結果が公表されています。業務に必要な文献は収集され、電子化が進んでデータベース化されているのが日常です。新規な発明は特許情報として文書を通じて公開されており、誰でもアクセスできます(発明の実施には対価の支払が求められるかもしれません)。それに対して、公開したくない有益なノウハウなどは、営業秘密として厳重に管理されています。

製品・システム開発において、仕様書が作成され、設計データが生成され、試験・解析結果が蓄積されています。そして、様々な業務における文書化が進み、マニュアルや手順などが整備されています。業務で必要な大部分の情報は、文書やデータで保管されています。

そんな現代において技術継承が必要かと疑問を抱きます。実際の現場を振り返ってみても、文書で伝えられないこともあり、膨大の文献の中から重要な情報を識別するのは読むだけでは困難です。だからと言って、引き継ぎにおいて全ての文献を説明するために十分な時間は取れないです。

文書で伝えられないことはどのような内容でしょうか? 例えば、マニュアルが整備されているとしても、作成された経緯や検討事項を全て記載されておらず、理解することはできません。前提が異なった場合には、そのマニュアルは適用できず、自ら方法を見出す必要があります。基本的な考え方や思想を理解していなければ、マニュアルを誤って適用したり、状況や環境等が変化した場合に対応できません。技術継承として日頃から基本的な考え方や思想を後輩へ伝えていくことが重要となります。

文書化・データベース化された技術情報に溢れており、適切にアクセスできれば、技術内容を理解して、技術を用いることができます。反してアクセスできなければ、無駄な時間が検索に費やされ、理解不足で技術を適用して失敗するかもしれません。技術へのアクセス方法を引き継いでおくことも重要と考えます。

また、誰でもアクセスできる情報が多くなった今日においても、アマチュアとプロフェッショナルの技術差は歴然としています。プロフェッショナルは、長年の体験や厳しい修練を通じて、言葉では表せない智恵や身体で覚えた技を持っているからと思います。

考察してきたように、技術は人に伴っている部分も残っており、先輩から後輩へ伝えなければなりません。しかしながら、今日の厳しい職場環境では保身的となって技術を伝えないことも起きています。叩き上げの技術者が、新米の技術者を育てる教官として活躍できるように、組織的な仕組みが必要となってきます。

参考文献