チーム・マネジメント

有人宇宙の運用管制から、チームマネジメント、人間-機械システム、そしてヒューマンファクターズを考える

奥深くには神の手が宿っているのか?【ランダム】

 乱数(Random Numbers)というと誤った数と受け取れますが、数学では「0から9までの数字がそれぞれ同じ確率で現われるように並べられた数」と定義されます。乱数を眺めていると完全に無秩序のように見えますが、それぞれの数の出現回数を比較すると同じとなります。

 確率論でも例として取り上げられますが、サイコロを転がして出る数は乱数と同様にランダムです。次に何が出るかわかりませんが、百回、千回、一万回とサイコロを振る回数を増やしていくと、各目の出現回数は均等となります。サイコロの重心をずらして特定の目が出やすいようになっていれば、イカサマなサイコロです。

 この正しいランダム性というのは社会においても重要な意味を占めます。例えば、世論調査の方法として電話によるRDD(Random Digit Dialing)方式が採用され、乱数から電話番号を決定して電話をかけ、応答した相手に質問を行う方式です。均一に質問して代表的な意見を集計すれば、国民全員に対して質問をしなくても精度の高い回答を得ることができます。

 ただし、対象者は均一すなわち完全に無秩序である必要があります。ひと昔前ならば、各家庭に固定電話が普及していました。現在では、若い人ほど固定電話を持たないし、仕事を持っていれば平日の昼間に電話に出ることは難しいかもしれません。そのため、世論調査の結果が年齢が高い人々の意見に偏ってしまいます。世界的に事前の世論調査が選挙結果と外れてきているのは、そんなランダム性が崩れていることに原因があるのかもしれません。

 

 乱数を用いてシミュレーションや数値計算を行なう手法の総称をモンテカルロ法 (Monte Carlo Method)と呼んでいます。モンテカルロは、モナコ公国の北東部の地区名で、地中海に面する観光・保養地であり、国営カジノで有名です。F1(Formula 1)レースのコースとしても知られています。モンテカルロ法がギャンブルに対する確率の測定にも利用できることから名付けられました。

 モンテカルロ法で円周率を求める例題が判りやすいかもしれません。一辺 1メートルの正方形に半径 0.5メートルの円を描きます。正方形上の乱数によって指定された点が円の中に入るか入らないかを記録していきます。評価する点を増やしていくと約0.785の割合で円に入ってきます。したがって、円の面積は0.785平方メートルと見積もられ、円周率×半径の二乗ですから0.785÷0.5÷0.5で3.14と円周率を概算できます。

 シミュレーション(以前の記事)の例として、ボールを投げて遠くに飛ばすことを考えます。最も遠くに飛ばすことを目的関数とすれば最適化問題以前の記事)となります。投げ出す速度を一定とすれば、投げ出す角度によって飛距離が変わってきます。重力しか働かないとして微分方程式を解けば45度が最も飛ぶことになりますが、実際には空気の抵抗もあります。更にボールに回転を加えたらどうなるでしょうか? 速度・角度・回転を乱数によって変化させて記録を取って評価すれば、最も遠くに飛ばす方法を知ることができます。実際の問題は更に複雑であり、良いと思っていたことが最良でないことも多いです。

 

 ランダム性を用いて真実を知る方法もあります。デリケートな質問Sに対する回答を統計的に得るため、回答者にコイン投げをしてもらい、表が出れば質問Sに正しく答えてもらい、裏が出れば実害の無い質問T(例: 電話番号の末尾の数字は偶数)に正しく答えてもらうように依頼します。回答者がどちらの質問に答えたかはわからないようにします。質問Sが正である割合 π、質問Tが正である割合 λ(既知)、回答が正である割合 pとすれば、π+λ=2pが成立するため、π=2p-λによってデリケートな質問Sに対する割合が推定されます。

 事象を1つずつ追うだけでなく、複数の結果を統計的に観察することによって、1つの事象では分からなかった真実が見えてきます。アインシュタイン(Albert Einstein)は、統計的法則が決定論的法則にとって代わるということを当初受け入れず、「神はサイコロを振らない」との名言を残しています。ドイツの物理学者ハイゼンベルク(Werner Karl Heisenberg)が提唱した不確定性原理(Uncertainty Principle)は、量子力学の基礎的原理として、位置と運動量、時間とエネルギーのような関係のある一組の物理量を同時に正確に決めることは不可能であり、それらは確率的に与えられることを示しています。

 現代では、原子や分子の振る舞いのみを対象とせず、人の行動も個々で評価するだけでなく、集団の振る舞いとして統計的に評価して、無秩序とも見える中からある規則を読み取ろうとしています。ポルツマン(Ludwig Boltzmann)が導き出した熱力学の第二法則は、高温から低温への熱の移動は不可逆で、その逆の変化をおこすためには外からエネルギーを与えなければならないを示しています。熱現象は不可逆性であり、エントロピー(Entropy)の増大の原理とも呼ばれています。エントロピーは無秩序の程度を示しており、整理整頓された部屋も時間と共に散らかってくることにも適用できる原理です。

 

 ガウス(Carl Friedrich Gauss) は、応用数学において大きな業績を残しており(高等数学の教科書にも多く登場してきます)、測定誤差についての確率法則も研究していました。多くのデータを収集して分析すると正規分布(Normal Distribution)に従います(中心極限定理)。正規分布は、ガウス分布とも呼ばれており、グラフに描くと平均のところが最も高い左右相称の釣鐘型を呈する分布です。正規分布は平均値とバラつきを示す標準偏差(Standard Deviation)で表すことができます。標準偏差にはギリシャ文字のσ (sigma, シグマ)が用いられます。

 実際には入手できるデータには限りがあり、ランダムに全範囲に渡ってサンプルデータが収集できていれば、その統計的結果の信頼度が上がります。その信頼度を確かめる解析手法に「カイ二乗検定(chi-square test)」があり、データから求められた分散(Variance: 標準偏差の二乗)が真の分散からどの程度異なるかを示すことができます。通常変数には「x」が用いられますが、「x」の代わりにギリシャ文字の「χ (chi, カイ)」を用いたため、「カイ二乗検定」という名前がつけられました。すなわち、サンプルデータの分布が正規分布に従っているかを評価しています。

 正規分布の確率事象ならば、平均値±標準偏差の範囲に68.2%、平均値±2倍の標準偏差(2σ)の範囲に95.4%の事象が出現します。20回に1度程度を外すくらいの精度ならば2σで評価すれば良いです。品質管理で用いられる6σ(Six Sigma)ならば、100万個生産した場合の不良品が3個ないし4個というレベルになります。

 

 ランダムと思えていた中から真理が読み取れたり、無秩序とも思えるカオスの状態で秩序が生まれたり、奥に潜む事象は読み解いてみないとわからないことがあります。

 

Tokyo & Japan from the ISS


参考文献

  1. 人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?―――最強の将棋AIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質
  2. 統計学とは何か ―偶然を生かす (ちくま学芸文庫)
  3. 統計学が最強の学問である
  4. 確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力



計画通りに進まない 戦略を磨く 【戦略】

かつて私は、戦略という言葉を使うことをためらった。軍事の匂いが強すぎるといわれたからだ。だが考えは変わった。プランが知的な遊びに終わっていることが多いことに気づいたのだ。綺麗に綴じて棚に置き、それだけで素晴らしいことを行った気になっている。プランはつくっても、実際に行動しないかぎり何も変わらない。これに対し、戦略は行動志向である。 ピーター・ドラッカー

 全てが右上がりに進んでいけるのならば、これまでのように明るい将来を描いた計画(Plan)を立案していれば、いつか到達できるかもしれません。そのため、様々な業務において、計画を立て、計画に沿って仕事を進めれば良かったです。しかしながら、不確実性(Uncertainty)の高い時代に入り、予測が立ちづらく刻々と変化する中で、古新聞となってしまった計画に従っていれば、古い地図だけを参考にしながら航海に出るようです。

 そのような問題を認識すると、時々刻々と計画を見直す必要があります。ただし、改訂した計画を飾っておくだけでは何の意味もなく、関係者に周知させて行動に反映させる必要があります。組織が大きくなれば、逐次変更を周知できずに現場が混乱する可能性があります。

 状況が刻々と変化する場所という点では戦争における戦場があげられます。戦争の中で生き抜くために、中国の戦国時代で孫子が伝えた兵法、18世紀欧州の激戦を受けてクラウゼヴィッツ (Karl von Clausewitz)が書き上げた『戦争論』があり、「戦略(Strategy)」という言葉が生まれました。語源は古代ギリシア語の「将軍(strategia)」から派生したもので、ある目標を達成するために大局的に事を運ぶ方策を示しています。

 ただし、戦争で用いられる戦略が、ビジネスや業務において、参考にはなりますがそのまま活用できるわけではありません。継続性が失われる断絶の時代、加速的に変化し続けて過去は忘れ去れ、予測不可能な不確実性の高い将来では、計画性を重視することから、戦略性を重視する考え方へ変えていかなければなりません。まさに一寸先は闇です。行灯(あんどん)を掲げて目標地に向けて進むしかないです。

 戦略的な考えをするために、行動する目標について定めることになります。長期的な視野に立てば、その目標はチームや組織のミッションと一致します(以前の記事)。そして、その目標がチームや組織の存在意義となり、独自性を明らかに示し、進める活動を明示します。戦略における目標は競争に勝つことと理解するのは間違いかもしれません。『戦争論』では「戦争は政治の延長である」として政治目的を達成すること、『孫子』は「戦わずして勝つ」ことが最良であり、国が滅亡せずに繁栄することが目的となっています。

 

 ミッションや目標を達成するためには、チームや組織作りが大切になるのことは間違いありません。戦略的な立場に立てば、実動部隊としてチームや組織を整えることが必要となってきます。そして更に機械とも統合したシステムとして機動力を発揮できるように統括していかなければなりません。統合システムを確立するためにも、本番にむけて事前に練習や演習を積んで、多くの失敗を積み、対応策を身につけておくことも有効となります。

 現在地から目標へ向かって進んでいくには、先ずは足元にある現在地を再認識しておく必要があります。現状の状況を正しく描いた地図(現実には存在しないですが)を持っていたとしても、全く異なる場所を現在地と認識してしまっては、目標へ進む方向も誤ってしまいます。現在地と目標に到達する間には「時間」という要素があります。その時間が長ければ長いほど、不確実な要素が多くなります。

 行動を起こして前進していけば、刻々と地図も変わっていくために書き換える必要があります。そして、これまで認識していなかった新たな事柄も明らかになります。追い風になりったり、向かい風になるかもしれません。その場その場で適切に柔軟に対応していかなければならなく、臨機応変に対処できることが人間の特徴であるとも言えます。そのためには、先ずは思い込みでなく現実を謙虚に受け入れること、自分たちでは制御できない(取り除いたり、変更できない等)ことも多々あり、その認識の上で進む道を選択していくことが求められます。

 

 戦略的思考で重要なことは、古典的な戦略論の中でも述べられていますが、失敗したとしても負けないことです。失敗を恐れて何もしなければ、状況は刻々と悪化していき、最後は撤退することになります。小さな失敗をしていも、その失敗から学んで成長して、第一線に復帰することが必要となります。致命傷となる大きな失敗をしては二度と戻ることはできません。致命傷を回避する手順を決めておく必要があります。

 進行していても当然として全てが上手く進むことはないでしよう。臨機応変にできても、間違いもするし、失敗もします。ただし、そこから学習して経験を積み、先読みの力を高めることによって、速く目標に到達できます。そして一番のポイントは、致命的な失敗を防ぎ、全滅は避け、底に落ちても上昇して、精神面では諦めないことが重要なのかもしれません。

 

Dragon to Mars


参考文献

  1. ドラッカー名著集 4 非営利組織の経営
  2. ハーバード戦略教室
  3. Clausewitz on Strategy: Inspiration and Insight from a Master Strategist
  4. 最高の戦略教科書 孫子
  5. 新版 あたらしい戦略の教科書
  6. 確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力

人は何に恐れるのか、怖れを克服するには【恐怖】

 人間が懐く情動の1つして「おそれ(恐れ、怖れ)」があります。あまりにも日常的に感じ、当たり前すぎる感情かもしれません。私たちの日常において多大な影響を与えている感情ですが、実体は何ものなのでしょうか?

おそれる(恐れる、怖れる)
① 身に危険を感じたりしてびくびくすること。
② 何か悪いことが起こるのではないかと気づかう。
③ 相手の力におされて心がよわくなる。

 生命の進化と共に習得した古い脳では、恐怖を感じた時、戦うか または 逃げるかを瞬時に判断しなければなりませんでした。この能力があるから捕食者に囲まれた世界においても生き抜いてこれました。科学技術も進歩して、通信ネットワークが張り巡らされた世界になりましたが、数万年前から習得した能力が失われずに働いています。

 恐怖を感じる発端は、突き詰めて考えれば、死を招くことを予感することが大きいと思います。現代社会の中では死が少し遠いものと感じるようになりましたが、高い場所に立てば足がすくむし、自動車を猛スピードでかっ飛ばせば危険を感じます。刃物を持った不審者を見かけたら別の方向へ逃げたいし、自爆テロが身近で起きれば命があっても恐怖に打ちひしがれます。そして、命を奪われるがん・急性心筋梗塞脳卒中などの病気になることを恐れます。

 

 今日において打上げロケットの成功確率も高くなりましたが、宇宙飛行士はまさに死と向かい合わせの職業です。古(いにしえ)から死と向かい合わせの職業と言えば軍人(武士)です。アメリカやソビエト連邦でも、初期の宇宙飛行士としてパイロット出身の軍人が選抜されています。宇宙飛行士が恐怖を超えるため、それに打ち勝てるまで鍛練して訓練を積むことと理解していました。それだけではなく、カナダ人宇宙飛行士 クリス・ハドフィールドさんが恐怖について語ってくれています(彼も軍パイロットの出身です)。古い脳から解放されるためにも一度視聴してみて下さい。

 例としてクモを取り上げていますが、毒グモに噛まれれば死にいたる可能性はあります。クモを見ただけで恐怖を感じるかもしれません。実際に調べてみれば、 世界に約5万種のクモが生息している中で毒を持つクモは24種類だけです。24種類のクモを区別できるようになれば危険は回避できます。

 日本で危険を感じるのはヘビやハチでしょうか。足元でにょろにょろ動いていたり、頭の上でぶんぶん飛んでいれば、警戒してしまいます。日本に生息する毒ヘビは、マムシヤマカガシ奄美諸島以南に棲むハブの3種類で、それ以外のヘビは無毒です。マムシとヤマカガシは冬眠するので、4月から10月にかけて特に注意する必要があります。ハブとマムシは三角形の頭をしているのが特徴です。衣服の上から噛まれると毒が体内に入らないことが多いので、長袖・長ズボンを着用すべきです。

 ハチを見つけたら過度に刺激を与えなければ近づいてきません。パニックになって騒ぐと襲ってくるかもしれません。刺されると激しく痛み、赤く腫れます。アナフィラキシー(Anaphylactic)反応を起こしてしまうと、痙攣(けいれん)、呼吸困難、血圧低下などの症状を発症して命にかかわります。日本各地に分布しているのはスズメバチです。そして毒性は低いですが針が太いクマバチ(クマンバチ)がいます。蜂の巣を見つけたら専門業者に頼みましょう。

 

 クリスさんの体験談に戻って、宇宙服を着用して船外活動 (Extra Vehicle Activity: EVA)を実施していた時、目が見えなくなった事件を振り返っています。宇宙服の中で自由に身動きができず、ヘルメットの中に手はいれられないため、目を擦ることもできません。宇宙服を隔てた先は超真空の宇宙空間です。地上の巨大プールの中で緊急事態を想定した訓練を積んでいるため、恐怖は感じずパニックにはならなかったそうです。船外活動はバディ方式(Buddy System)で必ず2名で行うため、相棒の宇宙飛行士が船内まで連れて行ってくれます。原因は目にしみる曇り止めだったとのことです。

 古い脳について説明しましたが、 危険と感じること(恐怖)と実際の危険は異なることを伝えています。恐怖を感じることを理解して克服すれば、自らを制約していたことから解放され、本当に避けなければならない危険を知ることができます。そして、危機を回避する方法を身につけることができます。日本人宇宙飛行士 若田 光一さんも「正しく恐怖する」ことを強調して、アメリカ思想家エマーソンの「恐怖は常に無知から生じる」という名言を取り上げています。

 

 恐怖を克服する術というのは、戦場における平常心を持てた武士・戦士が備えていたとも言えます。日本では失われつつあるのかもしれません。身に危機が迫っている状況においても、気持ちも昂らせずに冷静にいられるのだろうか。落ち着いた意識で冷静に周りの状況を把握できるのだろうか。それだけでなく、平静さを保てるかどうかで生と死を別けてしまいます。

 明治時代以前の日本人が備えていた強さというのは、そんな心構えから来ているのかもしれません。死に直面して詩を吟ずることができる人は、常日頃から死すなわち生を見つめ、悔いの無い人生を送ってきた尊敬すべき人であります。

 武士の心の1つで剣道の教えとしても脈々と受け継がれている「残心」があります。残心とは、文字通り「心を残す」ということですが、勝負が決まっても油断せず、相手のどんな反撃に対しても対応できるような身構えと気構えを常に心がけることを表しています。そんな強い心構えを持てれば恐怖に打ち勝てます。

勝負の結果がどうあっても、心身ともに油断しない。興奮しない。落ち込まない。平常心を保つ。ゆとりを持つ。節度ある態度を見せる。周りを意識して行動する。負けた相手を謙虚に思いやる。感謝さえする。これすべて残心である。 アレキサンダー・ベネット

Canadian Space Agency Astronaut Chris Hadfield

 

参考文献

  1. 宇宙飛行士が教える地球の歩き方
  2. 一瞬で判断する力 私が宇宙飛行士として磨いた7つのスキル
  3. アポロとソユーズ―米ソ宇宙飛行士が明かした開発レースの真実
  4. 隠れた脳
  5. 武士道 (PHP文庫)
  6. 武士道の逆襲 (講談社現代新書)
  7. 日本人の知らない武士道 (文春新書 926)